ep.12

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その後ロココさんとアレイスター様も部屋に現れ、ロココさんは真っ赤に充血させた瞳をさらに潤ませながら、私の頬を指で摘んだ。 「イザベラの馬鹿!もっと早く起きなさいよ!丸五日も目を覚まさないなんて、その間ずっと私がどんな気持ちで…っ」 ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、彼女は手の甲で必死に涙を拭っている。その姿にこちらの涙腺まで刺激され、私の瞳にも涙が溜まる。 「心配をかけてしまってごめんなさい、ロココさん」 「あんたが居なくなったら私…っ」 (私は本当に、幸せ者だ) ぎゅうっと抱きついてきたロココさんの背中をさすりながら、私はゆっくりと瞼を閉じた。 「イザベラ。本当に良かった」 「アレイスター様」 相変わらずの綺麗な顔立ちで、にこりと微笑む。けれどそこには疲労が滲んでいて、私のせいでもあるのだと思うと申し訳なくなる。 「ご心配をおかけして、申し訳ございませんでした」 「イザベラが謝る必要はないよ。君は体を張って皆を守ってくれた。本当にありがとう。君を危険に晒すようなことになってしまって、申し訳なかった」 アレイスター様はそう言って、深々と陳謝する。私は慌てて、首を左右に振った。 「アレイスター様こそ、どれだけ気を揉まれたことか。どうか謝らないでください」 「私なら構わない。後のことは気にせず、今はどうかゆっくりと体を休めて」 「ありがとうございます」 今この場の全員が、聖女であるが故の体質など一切関係のないものとして、ただのイザベラとして私の身を案じてくれている。 ──どうせ翌日には勝手に治る。 そんな風に思う人は、一人もいない。そのことが私の心を喜びに震わせる。どれだけ嬉しいことか、とても言葉に表すことが出来なかった。 それからまた数日が経ち、アレイスター様は連日事後処理に追われているようだった。 レイリオはエイルダイアンに留まり森を守ってくれた彼に感謝し、より一層慕うようになった。勉強も再開し、ゆくゆくはアレイスター様の役に立てるように頑張ると、張り切っている。 イアンはこのお屋敷の料理長にいたく気に入られたらしく、暇さえあれば嬉々として厨房に通っている。 そしてロココさんは、中断していたドレス作りを再開させた。お揃いのものをこしらえるのだと、鼻歌混じりに作業をしている。 そして私はというと、傷はもとより体調もすっかり元に戻った。あの戦い以来、聖女の力が以前よりも増したように感じるのは気のせいなのだろうか。 「アザゼル様」 アレイスター様のお屋敷はとても広い。池のほとりで片膝を立て座っているアザゼル様の後ろ姿にに、私は声をかけた。 何やら物思いに耽っている様子が、見ていて心配になる。 「考えごとをされていたのですか」 アザゼル様はあの日のこと、そしてグロウリア・ハネスの話題もほとんど口にしない。 二人が異腹の兄弟であることを知っているのは、私とおそらくアレイスター様だけ。あの場にはレイリオも居たが、ひどく怪我をして意識が朦朧としていたせいなのか、起こったことをはっきりと覚えていないようだ。 「結局はまぁ、こうなるしかないよな」 「グロウリア・ハネスの母親は既に他界していて、父親からも酷い扱いを受けていたようです。彼はきっと、兄という存在に執着していたのではないでしょうか」 お前など兄弟でもなんでもないと言いながら、嫉妬心を剥き出しにしていた。彼がした過ちは決して許されることではないけれど、同情すべき点はあるだろう。 「なぁ、イザベラ」 アザゼル様はゆらゆらと揺れる水面を見つめながら、静かに私の名を呼ぶ。 「お前あの時、死んでもいいと思ってたか?」 「アザゼル様、私は…」 「グロウリアと、心中する気だったのか」 俯いた顔は黒髪に覆われ、その表情を見ることは出来ない。けれどきっと今、彼は哀しんでいるのだと思った。どうしようもないことほどもどかしく、そして後悔する。 あの時ああであればという、己への懺悔を。 「アズ様」 私よりもずっと広く逞しいその背中に、そっと触れる。 「私はこれから先どんなことが起ころうとも、絶対に諦めたりしません。貴方と歩む未来が、私の闘う理由なのです」 「…イザベラ」 「アズ様が教えてくれたのですよ。私なら、絶対にやれると」 ふふ、と小さな笑みを漏らしながら、頬を寄せる。 「お前といると、俺は臆病になる」 「不快ですか?」 「あり得ないことを聞くんじゃねぇよ」 アザゼル様の腹に回した私の手が、彼の長い指先に絡め取られる。 水鏡に映った私達の姿は、まるでひとつに溶け合っているかのようだった。
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