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流石のアザゼル様も若干バツが悪そうに、視線を横へ逸らす。
「あの時は、聖女と呼ばれていたこと以外はお前をよく知らなかった。興味本位で、そのままお前に介抱された」
「ということは、私が慌てて介抱しなくても…」
「俺があのクソジジィ共のちんけな矢ごときで死ぬわけねぇだろ」
(じゃあ、もしかして…)
私は続けて、彼に問いただす。
「あの茂みの下に倒れていたのも…」
「わざとだな」
「酷い!」
「なんでだよ!」
頬をぱんぱんに膨らませ、じとっとした目でアザゼル様を睨む。
「私はあの時、本当に心配していたのに!」
「ああ、分かってるって」
「それにどうして今まで黙っていたのですか!」
「…それは」
アザゼル様が視線を彷徨わせると、金色の丸い宝石がころころと転がっているように見えた。
「嫌われたくないだろうが」
「え…っ」
「笑うなら笑え!」
アザゼル様はとても分かりやすい。滑らかな肌を赤く紅潮させ、今度はなぜか彼の頬が膨らんでいる。
「…ふふっ」
あまりの可愛らしさに、口元を手で押さえていても笑いが漏れてしまう。
「アズ様を嫌うなんてありえません」
そっぽを向いている彼の顔を覗き込み、はっきりとそう口にした。
私に嫌われることが怖いだなんて、愛しくて愛しくて胸が苦しくなる。
「私がどれだけ、貴方を好きか」
「そんなことは分かってんだ」
「いいえ。分かっていません」
アザゼル様の頬をそっと両手で包むと、その唇にキスをする。彼は魂を抜かれてしまったかのように、瞬きすら忘れているようだ。
「これで少しは、分かっていただけましたか?」
「いいや。まだ足りねぇ」
「アズ、さま…っ」
酷く優しい、けれど荒々しく呑み込むような。ここが野外であると言うことも忘れ、私達は何度も唇を重ね合わせる。
(身体が熱い…)
恥ずかしくて頭がどうにかなりそうなのに、やめてほしくないと思う。
「はぁ……っ」
ようやく離れた唇。その余韻に浸る余裕もなく、私は薄らと涙を浮かべながら肩で呼吸を繰り返す。
ほんの少しだけ恨みがましい視線を向ければ、アザゼル様はそんな私を見て心底幸せそうに目を細めた。
「愛してる、イザベラ」
「も、もう!誤魔化して!」
「ははっ、そんな怒るなって」
アザゼル様は愉快そうな笑い声を上げ、私の肩を抱く。なんだかんだと言いながらも、そこにことりと頭を寄せた。
「なぁ。これからどうする?」
「そうですね。エイルダイアンの街が花でいっぱいになるところが見たいです」
「そういや、アレイスターがそんなこと言ってたな」
私達はとても自然に寄り添い、未来のことについて語り合う。
「これから先どこへ行っても何をしても、私は大丈夫です。アズ様がいてくださるから」
「当たり前だろ?一生離してやらねぇ」
「ふふっ、それは楽しみです」
幸せも困難も、貴方とならば乗り越えられる。聖女イザベラとして、ずっと永遠に。
「愛しています、アズ様」
「ああ、俺もだ」
私達はもう一度、とても自然に唇を重ね合わせた。
温かな金の光を反射した水面はゆらゆらと揺れながら、美しく銀色に輝いていた。
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