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当たり前のことだけれど、聖女の力も使えば消耗する。それでも日を跨げば、食事や睡眠量に関係なくまた身体中に力が溢れていく。
それはまるで、解けない呪いのように。
休むことなど許されないと、私の喉元を絞めているかのように。
「大神官様、本当にありがとうございます」
「感謝など。これが私の使命なのですから」
魔物討伐により負傷した兵士の全てを、私は救った。ふらふらとした足取りで大聖堂に戻った私は、その場にどさりと倒れ込む。それでも気力を振り絞り、どうにか身を起こして椅子にもたれた。
先程私が治癒を施した騎士団長は、馬を使い私よりもとうに先にここに到着していたようだ。ぴしりと身を正し、大神官様に何度も感謝を伝えている。
彼は両手で制するように謙遜しながら、ようやく私に気付いたようでちらりと視線をこちらに向けた。
「聖女イザベラ。貴女は少し反省するべきです」
「はん、せい?」
「討伐隊に加わっていれば、もっと被害が少なくて済んだのでは」
それは…と反論しかけて、私は口を噤む。大神官様のお怒りも最もだと、反省の意を込めて首を垂れた。
弁明をさせてもらえるのならば、私はこの討伐遠征の決定を耳にした時、騎士団長にすぐ進言したのだ。私も連れて行ってほしい、と。
彼はそれを、鼻で笑った。我々に貴女の命を守る重責を負わせる気か、と。
彼のその言い分も一理あると思った私は、それ以上食い下がることはしなかった。私がついていくことで、余計な負担をかけたくなかったから。
今更、どちらがよかったかなんて考えても仕方のないこと。空へと還った命を、再び呼び戻すことはできないのだから。
「…申し訳、ありません。大神官様」
呼吸をするのもやっとの思いで、私はぜいぜいと痰交じりに謝罪をする。
「そう思うのであれば今すぐに立ちなさい。聖女イザベラ」
「…はい」
大聖堂の長椅子に手をつきながら、私は必死にその身を起こす。それでもどうしても足に力が入らず、再びガクンと地に伏した。
その瞬間、頭上から盛大な落胆の溜息が降り注ぐ。私は唇を噛み、自身の情けなさに嘆いた。
「申し訳ありません、騎士団長。聖女イザベラの失態は私の罪も同然」
「大神官様が謝ることではありません。聖女イザベラには、誰も逆らえないのですから」
ーー貴方が、ついてくるなと仰ったのではないですか
私はその言葉を、心中ですら呟けない。
朦朧とする意識の中で聞こえたのは、バタンと勢いよく大聖堂の扉が開かれる音。そして、複数の足音。
それは私の周囲でぴたりと止まる。次に聞こえてきたのは、様々な声色の罵声だった。
「死人は見捨てるのか」
「お前のせいで息子は」
「聖女だからと驕って」
ああ、またか。また私はこうして、気の済むまで詰られる。
けれど私を罵倒する声の大多数は、涙に掠れている。大切な者を失った哀しみを受け止められず、心の器からぽろぽろと溢れている。
(どうか貴方がたに、救いがあらんことを)
遠のく意識の中で、私は姿を知らない神にただ祈ったのだった。
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