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聖女としてではなくイザベラとして見る夜の街は、全く別のものに見えた。ここ数日は国王陛下の思し召しにより、国が救われたお祝いとして昼夜を問わず活気に溢れていた。
私の意向により聖女に関する派手な凱旋などはしないけれど、長年大神官様に支配されていたことや、瘴気により多くの尊い命が失われ荒んでしまった国民の心が少しでも癒やされるのならば、催事はいいことだ。
「見てくださいアザゼル様!あのランタンとっても綺麗な色の光…どうなってるんだろう」
「あっ、あれも!あんな大きなお鍋、私初めて見ました!」
「アザゼル様、イアン!早く来てください!」
一人ではしゃいでしまって、恥ずかしい。けれどその思いよりも、次々の目に入るものへの興味や好奇心がそれを凌駕してしまうのだ。
「待てってイザベラ、そんな走ると転ぶぞ」
艶やかな黒髪に金色の瞳、そしてアザゼルという名前。魔王などいないと国王陛下直々に宣言しても、その美しい風貌もあってか誰も彼に近寄ろうとはしない。
イアンもまた然りで、赤髪に同じ色の瞳と理知的な容姿。淡々としているようでいて、人混みの中ちょろちょろと動き回るイザベラの周囲を、常に警戒しているような視線の動かし方。そして初めて見る聖女イザベラの無邪気な姿に、周囲の人々は驚きを隠すことができなかった。
「イザベラ様!これをあげます!」
「まぁ…これは?」
「お花で作った冠です!」
五つか六つくらいだろうか。二人の少女が駆けてきて、恥ずかしそうな表情でそれを私に差し出した。
「その髪のお色、とても綺麗です!」
「ありがとう」
微笑みながら、ゆっくりと膝を折り身を屈める。頭に被せてくれた花冠は、白くてふわふわとした花で器用に編まれている。
「このお花は何という名前なの?」
「これはギンコウバイです!」
「ありがとう」
(これからもっと、たくさん色んなことを覚えていきたい)
にこりと微笑めば、少女達も本当に嬉しそうに笑ってくれた。
「聖女様、これもどうぞ召し上がってみてください!」
「聖女様!」
「聖女様!」
少女達の行動を見ていた街の人々が、わらわらと私の周りに集まってくる。どうしたらいいのか対応に困っていると、アザゼル様が唸り声のように怒鳴った。
「うるせぇんだよてめぇら。こいつにはなぁ、イザベラって名前があんだよ。聖女様聖女様って、いつまでも頼ってんじゃねぇよ」
「アザゼル様…」
彼の指摘に最初はきょとんと顔を見合わせていた街の人達だが、その内意味を理解したのか皆一様に頭を下げた。
「イザベラ様。我々は貴女様に、心から感謝しております。どうか、イザベラ様の進む道に光あらんことを」
「イザベラ様、命を救ってくれて本当にありがとう!」
暗い暗い夜の森に、ぽつぽつと灯りが灯っていくような感覚だった。私の中にずっと昔から沈んでいた、イザベラという本当の自分。哀しみに押し潰されていたそれが、まるでギンコウバイの花冠のようにふわふわと咲いていく。
ひとつずつ、ひとつずつ。私はそれを繋ぎ合わせて、これからの私を創っていくんだ。
聖女として、イザベラとして。
「お前ら、よーく覚えとけよ!イザベラは俺のだからな!」
泣きながら笑っている私を抱き締めながら、アザゼル様が威嚇するかのような歯を見せて唸る。それを見て私はまた笑い、イアンは溜息を吐いた。
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