ep.6

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── 「イザベラ!久しぶりじゃない!」 王都を出発してから、もう何日が経っただろう。私達は馬車や馬を乗り継ぎながら、やっと国境までやってきた。 アザゼル様が何度か使っていた空間を移動する魔術は、実はとても高度なものなのだとイアンが教えてくれた。なんなく私を抱えていたように見えたけれど、本来ならば自身の身を移動させるだけでも相当の魔力を消費するらしい。 このスティラトールでは、魔力を持って産まれた魔術師は呪われた子として、忌み嫌われていた。けれど他国では、とても貴重な存在として人種を問わず丁重に扱われているそうだ。 そしてこと「聖女」に関しては、その比ではないのだとも。 「ロココさん!」 国境前の大きな橋の前に立っていた、見知った人物。相変わらず黒とレースを基調とした独特な衣装に身を包み、薄桃色のふわふわとした髪の毛を風に揺らしている。 立ち姿から自信に満ち溢れる彼女だけれど、私を目にした瞬間髪と同じ色の瞳を潤ませながらこちらに駆けてきた。 どん!という音と共に、ロココさんが力いっぱい私を抱き締める。その痛みさえも嬉しくて、私も同じように彼女の背中に手を回した。 「聞いたわよ、随分無理したんですって!?全くもう、そんなことして死んじゃったらどうするのよ!」 「はい、ご心配をかけてすみませんでした」 「ああもう、相変わらず馬鹿に素直なんだから!」 私の首元にごりごりと頭を擦り付けながら、ロココさんが叫ぶようにそう言った。彼女が心から私を心配してくれているのが分かって、胸の奥がじんわりと温かくなっていく。 「また会いたかったです、ロココさん」 「ふ、ふん!私は別に」 「ふふっ」 体を離したかと思えば、つんと顎を上に向ける。そんな仕草が可愛らしくて思わず笑ってしまった私の頬を、ロココさんが指で摘んだ。 「笑ってんじゃないわよイザベラぁ〜っ」 「ひゃ、ひゃひっ」 そう言われても、嬉しくて頬は緩む。私達の後ろに立っていたイアンが、ぼそりと呟いた。 「僕、初めて見ました。ロココがアザゼル様を無視しているところ」 「っ!!」 彼女はまたもや私から即座に手を離し、ぴょんと跳ぶようにアザゼル様の側に着地する。 「アザゼル様違いますからね!?ロココは決して、アザゼル様を無視したわけじゃ」 「別にどっちでもいいんだけど」 「ちょっとイアン!あんたのせいでアザゼル様に嫌われたらどーしてくれんのよ!」 縋るような瞳でアザゼル様を見つめた後に、彼女はきいっとイアンに食ってかかる。彼は彼でそしらぬ顔をして、眩しそうに国境にかかる橋を見つめていた。 「僕は事実を述べたまでです。ロココはアザゼル様ではなく、真っ先にイザベラ様に話しかけていたでしょう」 「そっ、それは…だって…お師匠様からイザベラのこと聞いちゃったから…」 「可哀想に思った、と」 「あんた嫌な言い方すんじゃないわよ!」 ぎゃいぎゃいとまるで暴れているかのようなロココさんを、にこにこしながら見つめる。まさかまたこうして会える日が来るなんて、思わなかった。 (とっても楽しい) アザゼル様やイアンと同じように、私はロココさんのことも大好きなのだ。ふわふわの薄桃色の髪を揺らしながら、ころころと表情を変える彼女は本当に愛らしいと思う。 「イアンなんか放っておいていきましょアザゼル様、イザベラ!」 先程の不機嫌そうな顔はどこへやら、ロココさんはもうすっかり笑顔でこちらに手招きをしている。 「…」 (この橋を渡ればもう、スティラトールの外なんだ) 私は狭い世界の、更にそのほんの一部しか知らない。この目で外の世界を見てみたいと思う気持ちに嘘はないけれど、未知の世界はやはり怖い。 「イザベラ」 不意に、私の手が温かいものに包まれる。隣を見上げれば、アザゼル様が金色の瞳を自信たっぷりに輝かせていた。 「大丈夫だ。俺がついてる」 「…はい!」 その大きな手を握り返しながら、私は力いっぱい頷いた。
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