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「じゃああの傷は、レイリオが自分で傷付けたの?」
私が治癒を施した、彼の腹部の酷い怪我。あれを自分自身でやったという彼の言葉に、私は驚きを隠せなかった。
「そうしなければ、正気を保っていられなかった」
「そうだったのね」
「それでも加減を図れず、あんな…」
先程よりもずっと落ち着いた様子のレイリオだったが、やはり私に怪我を負わせたことがどうしても気にかかるらしい。
「もう終わったことよ。アレイスター様のおかげで瘴気が再び広まることはないし、この森は元に戻ったの」
「…ああ、そうだな」
「カーノとリーノはどうしてあんなにぼろぼろだったの?」
「…仲間に、襲われたからだ」
それからレイリオは、自身の身に起こった出来事を私に教えてくれた。
ここエイルダイアンでは、スティラトールとは違い魔物と人間の棲み分けがきっちりとしている。人が深い森の奥に入り、魔物達を狩るということもない。
住処が荒らされなければ、魔物も人には危害を加えない。
そうして互いに平和に暮らしていた所、スティラトールから流れてきた瘴気がこの森の空気を汚濁し、魔物達を凶暴化させた。
カーノとリーノを護りつつ、自身の衝動も抑えながら食料を調達することは、とても困難だったらしい。実際、共食いまでしてしまう仲間も居たと。
(私にもっと力があれば…)
大神官様と対峙した時のことを思い出すと、どうしても悔やまれる。彼に隙を与えなければ、こんなことも起こらなかったのではないか、と。
「ごめんなさい」
「どうしてお前が…いや、聖女様が謝罪する。あなたがいなければ、俺達は全滅していた。この森の魔物も、あなた達の手にかかって死んだ者はいない」
レイリオはぎゅっと眉を下げ、まるで懇願するかのように私を見つめる。
「お前は…あなたは何ひとつ悪くない」
「レイリオ…」
過ぎたことに気を砕いても、それはもう取り返しがつかない。大切なのは、これから先の未来なのだから。
「ありがとう、レイリオ」
「礼を言われるのもよくわからない」
「ふふっ、いいの」
再び私の膝にやってきた二匹の子狼の背を撫でながら、私はレイリオに向かって微笑んだ。
「それから、聖女様じゃなくて名前で呼んでもらえると嬉しい」
「しかし…いいのか…いいの、ですか」
「言葉も、無理に丁寧にする必要はないわ」
レイリオは獣人だと言っていた。今までの様子からして森で暮らしてきたのだろうし、人間の暮らしにあまり慣れていないのかもしれない。
「ありがとう、イザベラ」
「こちらこそ、たくさん話をしてくれてありがとう。レイリオ」
目元を隠している長い灰色の髪が、さらりと揺れる。その隙間から、彼がほんの少しだけ嬉しそうに笑っているのが見えた。
それにしてもこの世界には、私の知らないことがまだまだたくさんあるのだと、レイリオを見ながら改めて思う。私の視線に気付いたのか、彼が小首を傾げた。
「私ね、アザゼル様と生まれ育った国を出て旅をしているの。今までずっと、狭い世界しか知らなかったから。自分の目でたくさんのものを見て、たくさんのことを肌で感じたいなって」
「国を出て…自分の目で、たくさんの…」
「きっと世界は、思っているよりずっと広いから」
「世界は、広い…」
長い前髪に隠れた私と同じ鈍色の瞳が、一種きらりと揺らめいた気がした。

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