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桜が咲き始める時期は、花粉がとんでもなく飛ぶ時期。
ティッシュと薬が欠かせないこの時期が、私はとてつもなく嫌いだ。カバンにポケットティッシュとハンドタオルと鼻の下のむずがゆさを止めるためのメンソレを詰め込んで、顔全体に花粉をよせつけないって謳われているけどあんまり効き目がないスプレーを2種類吹きかけてからじゃないとと到底外には出れない。
春が過ごしやすいという人が多いけど、それは嘘だと思う。
桜が咲いたら花見時期で外で過ごすのが最高だとテレビでも言うけど、鼻水地獄になる私には四季の中で一番外に出れない日だ。
だから、桜が咲き始める時期は嫌いだ。
それに、気候が温かくなるからか、バカの頭も溶けてしまうらしい。
だから、外に出たくないって言っている私を無理矢理外に出して、今、目の前で膝をついてピンク色の宝石がついた指輪の入ったケースをぱかりと開けて私に差し出している。宝石はゴマ粒程度で、指輪はシルバーというシンプルなデザイン。満開の桜の下で、桜吹雪が視界を横切る中でのプロポーズ。周りでたくさんの人がちらちらとこちらに視線を投げていて、今、ちゃんと返事をしないといけない雰囲気で包まれている。
鼻がつまっているから声を出すのが大変だと言っているのに、そこそこ声を張って返事をしないといけない場所でプロポーズだなんて、本当に頭が湧いている。
「いいことがあったら、桜が好きになれるだろう?」
そう言わんばかりの満面の無言の笑顔を私はどう受け止めればいいのだろうか。プロポーズは嬉しい。私を愛してくれるのも嬉しい。ちょっとしたサプライズをしようとしたことも嬉しい。
でも、私が桜を嫌いな理由は、今は最早花粉だけではない。
毎回桜が咲いた頃にこうしてプロポーズをする彼のせいなのだ。
「もう、5回目だよ?」
桜が咲く頃に鼻がずるずるな私に、鼻がいかれそうになる桜の木の下へ連れていき新しい指輪を持って「今年もよろしく」と言わんばかりに膝をつく彼。いや、ていうか人じゃないし。
「ウッホ」
そう言って指輪を笑顔で差し出し続ける彼はいつになったら無理だということをわかってくれるのだろうか。直接言ってもダメだった。ていうかほら、また指輪を持ったまま他の飼育員さんたちに連れていかれている。私、そろそろ飼育員辞めた方がいいのかしら?モテてるのは嬉しいけど、ここまで熱烈に人外にモテてもあんまり嬉しくない。
でも
「ウホー!ウホウホ、ウッホー!」
離れるのが嫌とばかりに、飼育員によって投げられた網の中でもがき悲しみ鳴く彼は、滑稽だけど何故か愛らしい。その姿を見ると、私がこの動物園からいなくなってしまったらどれだけ悲しむだろうと思ってしまい私は踏み止まってしまう。
ていうか、桜の日以外はそんなことしないから、この桜が咲く時期だけ困るんだよね。それ以外は、妙にベタベタと身体をすり寄せてくるだけだし。
ああ。
桜が咲かなかったら、私は春を嫌いにならずにすんだんじゃないかな。
ていうかそもそも、動物園に桜を植えた人が悪い。うん、そうだ。
とにもかくにも、私は、桜が嫌いだ。
ティッシュを両手に抱えながら私は、恨めしい桃色の花々を睨み上げた。
fin
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