88:ポストクレジットシーン

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88:ポストクレジットシーン

 ――なお、日本人である高田は知らなかったのだが。  『フロム・ジ・アビス』ならびに『霊媒探偵ライダー』の監督であるフーパー氏は生前、アメリカで開催されたサブカルチャーイベントこと、コミコンに参加したことがあった。  それは『フロム・ジ・アビス』が、アカデミー賞を受賞後のイベントであった。  その際に催されたファンとのトークショーにおいて、彼は一般客からのこんな質問に答えていた。 「あなたの初監督作である『霊媒探偵ライダー』の主人公ライダーの、奥様について教えて下さい」 「マニアックな作品の、マニアックな質問だね! どうぞどうぞ!」  お気に入り作を話題に挙げられ、フーパー監督ははしゃいでいた。  質問者は少しはにかみつつ、こう尋ねる。 「奥様は作中で、声やシルエットでの出演ばかりで一切顔が映りませんでした。これはどうしてです?」  そう。何度かライダー夫人は画面に登場しているのだが、その顔はいつも見えないのだ。  ある時は逆光になっていたり、またある時は前方の植木鉢が邪魔をしていたり。  一方で彼の子供たち――息子と娘は、普通に顔出しをしている。  この徹底した「意地でも奥様を映さない」ぶりは、ファンの間でも語り草となっていた。  たしかに何故なんだろう、と他の客からも同意の声が漏れ聞こえる中、フーパー監督はふっくらした顔を緩ませた。 「やっぱり気になるよね」 「ええ、そりゃもう」 「あれは色々理由があってね――ライダー夫人には、絶世の美女という設定があったんだ。でも当時の予算じゃあ、理想の俳優に出会えなくて……」  頭をかいた彼へ、他の客が質問を重ねた。 「なら、独身の設定にすればよかったのでは?」 「うん、それも考えていたさ。でもある日、イメージボードの中のライダーが僕に怒鳴り散らして来てね」  破天荒で耽美(たんび)なホラー表現を得意とする、天才肌の映画監督らしいファンタジーな表現に、参加者も相好(そうごう)を崩す。 「彼はなんて?」 「俺の愛する妻と子供をなかったことにしたら、容赦しないからな!って。こんなの、応じるしかないだろう?」  いかにもライダーが言いそうな、創造主への遠慮ゼロな不遜(ふそん)過ぎる物言いに、今度は大きな笑いが起こった。  その波が引いた後、最初の質問者が追加で尋ねた。 「ちなみに、ライダー夫人はどんな女性なんですか?」  フーパー監督はにっこり微笑んだ。 「黒髪の、それはそれは女神のように美しい孤児院育ちの元シスターさ」  その人物像に、『フロム・ジ・アビス』を鑑賞済みのファンはにわかにどよめいた。  あるファンは「これは偶然だろうか?」と、首を傾げる。  また別の者は「きっと両作には、スタジオの意向によって分断された深い関係性があるに違いない」と推測し。  はたまた「いやいや。単に監督がシスター好きなだけだろう。別作品でも、シスターがヒロインの映画を撮っていたもの」と、邪推を笑い飛ばす人物もいた。  にっこり笑ったままの監督は、そのどよめきの全てに対して、正しいとも誤りとも言わなかった。  曰く 「そこはご想像にお任せするよ。ただ一つ言えるのは、ライダーはとても愛妻家だということだね」 だそうだ。
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