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第1話侯爵令嬢
「婚約を白紙に戻したい。ここに必要な書類は全て揃っている。僕の分は書き終わっているから、後はキャロラインのサインだけなんだ」
午後のティータイム。
アポなし訪問の挙句にコレですか。呆れて何も言えません。
「ブライアン様? 一体どういうことですか?」
「僕達の婚約を解消しようと思うんだ。元々、僕達は好きで婚約していた訳じゃないんだ。いいだろう?」
「それは構いませんが、ヘルゲンブルク公爵は御存知なのですか?」
「……父上には後から話す」
「先に許可を取らなくても大丈夫なのですか?」
「先日、跡取りとしての権利が増えた。父上の許可が無くとも平気だ」
権利が増えた処でコレは問題でしょう。ちらりと専属メイドのララに目くばせすると「心得ました」といわんばかりに例の物を準備し始めました。主人に忠実で優秀なメイドで、本当に助かります。
「分かりました。サインいたしましょう」
「助かる!」
満面の笑みの婚約者。いえ、元婚約者になるのですね。かれこれ10年。長いようで短いように感じます。
「これで宜しいでしょうか?」
「ああ!」
婚約解消の書類にサインをしました。彼は何度もそれを眺めては満足気に頷いていますけど……私達の婚約の意味を知らないのでしょうか? もっとも、今更知った処ではどうにもなりませんけど。
「今から受理してもらいに行く!」
「そうですね。まだ役所も開いているでしょうから、今日中に処理してくれるでしょう。お急ぎになられた方が宜しいですわ」
「すまないな、この埋め合わせは後日させてもらう!」
この方、何を言っているのかしら?
「私達の婚約は解消されたのですよ?」
「そうだな」
「“また”があるのですが?」
「何を言ってるんだ! 僕達は只単に婚約を解消しただけだろう?元の幼馴染に戻るだけだ」
あぁ、そういうお考えでしたか。
婚約解消を随分と軽く考えていらっしゃいますね。元婚約者同士が仲良くお茶会など普通しませんよ?
「ナディア・ラード子爵令嬢が気を悪くすると思いますわよ?」
「……え?」
「ヘルゲンブルク公爵子息。これからは言動に気を付けてくださいね」
「え?え? あ……しって……」
「お二人の事は学園で有名です。知らなければモグリではないかしら?」
「き、キャロライン。これは……その……」
「これから先、私の事は『ロードバルト侯爵令嬢』とお呼びください。もう、婚約者ではないのですから。それでは、ごきげんよう」
元婚約者の下手な言い訳など聞きたくもありません。ララが流れるような軽やかな動作で元婚約者を追い出してくれました。
さぁ、これから忙しくなります!
まず、お父様に婚約を解消した件をお知らせしないといけませんね。
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