僕たちの足下には死体が埋まっている

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 桜が満開に咲く広場で過ごす人々は思い思いの時間を過ごしている。  ブルーシートを広げて家族で花見を楽しむ人達。大きなカメラを持ち真剣な表情をしながら桜の木を撮影する人達。桜の元で過ごす人々はなにをしていても情緒的に見える。  僕とツボミは二人がけのベンチに座ってそんな彼らを眺めていた。  月日は流れ、僕たちは高校生になっていた。同じ学校に進学した僕たちはあの頃と同じようにたくさんの時間を二人で共有している。かつて大切な時間を過ごしたこの広場に今でもツボミと一緒にいれることはほとんど奇跡だった。警察は未だに喜多原を見つけられていなかった。 「それにしても、ここがこんなに人が集まる場所になるなんてね」  ツボミは遠くで遊ぶ子供達をぼんやりと眺めながら呟く。  かつて僕とツボミが過ごしていたこの広場に桜が咲き出したのは、喜多原をこの場所に埋めた後だった。  年中を通して死んだ目をしながら生きていたはずの樹木達が春になり息を吹き返したように満開な桜を咲かせたとき、僕たちは喜多原の怨念のようなものを感じないわけにはいかなかった。  綺麗に咲く桜は人を集める。僕たちはここが人が全く来ない場所だと思ってこの場所に喜多原を埋めたのに、今ではここは春の定番の花見スポットになってしまっていた。 「桜なんて早く散っちゃえばいいのに」とツボミは言う。 「……見つかったら困るもんね」  僕たちの視線の先には一本の特別な桜が咲いている。何故かその桜だけは真っ赤な花を咲かせるのが特徴的の寒緋桜という種類の桜だった。 「もちろんそれもあるけどさ……」  僕は横を向いて、なにか言い淀んでいる様子のツボミを見た。ツボミはふらふらと足を揺らして無邪気な子供を装っていたが、悲しそうな表情だけは隠せていなかった。 「わたしたち二人だけが知っていた場所、みんなに見つかっちゃったね」  寂しそうにそう言うツボミの姿は、かつてこの広場で肩を寄せ合っていたときのツボミと何も変わっていないように見えた。ガラスのように繊細で、ときどきからかうような笑みを浮かべていた可憐な女の子。  でも僕たちの関係は変わってしまった。かつて幼馴染みだった僕たちはもういなくなって、死体を埋めた共犯者になった。その点を否定することはできない。  しかし少なくとも、今僕の目の前にはツボミがいるということは変わらない。 「ねえ、ツボミ。僕があの時聞き逃した事、今なら教えてくれる?」 「あの時って?」 「ほら、ツボミが大人になったらなりたいものってやつだよ」 「あれー? そんな話したかな」  ツボミはとぼけるように首を傾げたが、それが演技であることはすぐに分かった。僕はじっとツボミの目を見つめ続けると、観念したように息を吐き出した。 「もー、仕方ないなぁ。今度は一回で聞き取ってよね」  僕は絶対にその言葉を取りこぼさないようにツボミに近づく。ツボミは僕の耳元でそっと口を開いた。 「……ちゃんと聞こえた?」 「ちゃんと聞きこえたよ」    ツボミが僕の耳元で囁いた言葉は僕がずっと期待していたものだった。もしあの時、ちゃんとこの言葉を聞き取れていたら何かが変わっていたかもしれない。 「今はどう? あの時とはもう変わっちゃったかな」 「……変わってないよ」  ツボミは顔を真っ赤にしてそう呟くのを見てから、僕は父さんから借りてきたものを鞄から取り出した。 「どうしたの? カメラなんか持ってきて」 「父さんから借りてきたんだよ。ほら、写真を撮ろうよ。こんなに綺麗に桜が咲いているんだから」  寒緋桜は僕らの罪を糾弾するように咲き乱れている。それは喜多原の断末魔のようにも見える。僕たちはいつか離ればなれになってしまうかもしれない。ある日突然全てが終わってしまうかもしれない。でも、僕と一緒にいることを選んでくれたこの女の子だけはなんとしても幸せにしなくちゃいけない。  いつ崩れてもおかしくない日常を切り取るように、僕はカメラを構えた。
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