僕たちの足下には死体が埋まっている

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 レンズ越しに僕の目に映る彼女は満開に咲く桜の木の下で満面な笑みを浮かべ、恥ずかしそうに顔の横で小さくピースサインを作っている。  その笑顔は周りに咲くどの花よりも美しく、今日の主役であるはずの桜も彼女を彩るための脇役に成り下がってしまっていた。 「ねえ、ちょっとー。早く撮ってよー。恥ずかしいんだからさぁ」  完成された一枚の絵画に見惚れてしまい僕が全然シャッターを切らないから、彼女は顔を赤くして手をぶんぶんと振り不満を訴えている。 「ごめんごめん。ツボミが可愛くってさ」 「ほんとにもぉー」  少し照れながら頬を膨らませ怒る彼女を中心に捉えてからシャッターを切った。  一枚に切り取られた写真には全てが映っている。ふんわりと風に揺れる柔らかそうな髪、輝くような笑顔、満開の桜と散る花びら。  この写真をなにかのコンクールに応募したらきっと大賞に輝くに違いない。きっと審査員は満場一致でこの写真を支持してくれる。  でも、彼らは知らない。  彼女がたった今笑っているその足元に死体が埋まっていることを。その死体を埋めたのは他でもない、僕らだと言うことを。  緋紅色の桜が風に吹かれてヒラヒラと地面に落ちる。  彼女と一緒に過ごせる時間が少しでも延びるように、僕は心の中で静かに願った。
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