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 あどけなさが残る低い声。酸いも甘いも知っている大人な体をしているのに、その人は「無垢な女の子」だった。  白のワイシャツにセンタープレスされた白のスラックス、不釣り合いな白スニーカー。ワイシャツには袖口に醤油かソース、胸元には擦った跡が残るケチャップのような染みが、小さいながらもその存在を放っていた。 「出目金のキャリコ。」  僕はハッとして、咄嗟にさきちゃんのことを思い出した。さきちゃんは雄蕊でもないしキャリコでもないと急いで説明したけれど、キャリコのお姉さんはただ「そうなんだ」って言うだけだった。 「ほっぺ、赤くなっちゃったね」  絆創膏だらけの右手が僕の頭を撫でて、また恥ずかしくなる。ちゃんと説明してるのに……はぐらかさないでほしい。    不思議な人だ。それでもって穢れを知らないような、異質な感じがした。不審者っぽいのに、行動は全然違う。    危険も過ちも知らない赤ちゃん。    この人には、そんな雰囲気がある。 「それで、きみはなにしてたの?」  僕はまたくるっと桜蕊を回して、「これだよ」と言って見せた。 「さくらのお花じゃない部分をひろってた」 「なんで?」  お姉さんの顔を見た。純粋な疑問の眼差し。それを見て、僕はちょっと、いや、自分で思うよりもずっと嬉しくなった。   「これ、色が変わるんだよ。さき始めたころは白かったのに、落ちたときにはあかくなるんだ。ふしぎでしょ?」 「……」  お姉さんの動きが止まった。僕が持つ桜蕊に夢中になって、ただそれだけを見ていた。お姉さんの白い手が伸びて僕が回していた桜蕊を摘んだ。細くて小さくて、ちょっと厚い手。桜蕊は僕の熱ですっかりくたびれてしまったけれど、お姉さんは白い頬を薄桃色に染めてにんまり微笑んだ。 「これ、すき」  鏡を見ているみたいだった。  僕のこころが、小さく震える。  お姉さんは顬にさっきの桜蕊を挿すと、弾んだ声で僕に問う。 「かわい?」  僕が黙って頷くと、お姉さんは「恥ずかしがり屋のスイミーだ」と言って笑った。 「スイミーを知ってるの?」 「うん。最近知った」 「最近?」 「うん。小さな赤い魚みたいな子たちに読み聞かせしてもらった」  赤い……ランドセルのことを言ってるのかな。 「大きなウロコのなかにたくさんの本を詰めててさ。重そうなのに元気に動き回るの。少し大きくなったらみんな同じウロコを背負って、恋の話に花を咲かせてた。スイミーもそうなるのかな」  大きな目が僕を捕らえた。お姉さんの短い髪が気持ちよさそうに揺れている。 「……どうだろう。その先のことはわかんないや」  スイミーは仲間たちと一緒に水と光の中を泳いでいるところで終わっている。それだけでしあわせと感じるかもしれないし、調子に乗っちゃうかもしれない。 「じゃあ、スイミーが大きくなったらまた訊こうかな」 「……え?」  絆創膏だらけの右手で僕を指す。 「面白いものを見つけて発見を教えてくれた、小さくて黒い、賢い魚。だからきみは『スイミー』」  僕は不思議と、そのあだ名で呼ばれることが嫌じゃなかった。ただ、大きくなったらって、いつのことになるんだろう。 「また明日会おう。それで、もっと私にいろいろ教えて。私の目になって」    五時の鐘が鳴る。お姉さんはそう言って桜蕊を顬に飾ったまま、暮れてきた海の中に姿を消した。  僕はお父さんとお母さん、苔石の分の桜蕊をポケットにねじ込ませたまま家まで走り出した。
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