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3.
下校。今日はクラブがあったけれど、すっぽかしてお姉さんに会いに行った。先生には「お家のことで」と言って学校を抜け出してきた。
昨日と同じ場所までやってきたけれど、そこにお姉さんはいなかった。近くにはマンションに住む子どもたちの遊び場として小さな公園があった。僕よりも小さな子たちが鬼ごっこや砂遊びをして、そのお母さんたちが大人にしかわからないお話しをしていた。
もしかしたらはやく来すぎたのかもしれない。
そう思った僕は、そこで少し遊ぶことにした。
「ねー、つぎかくれんぼしよーよー」
「えー! わたしおままごとがいーいー」
「やだー! みーちゃんつかれたぁー! ブランコがいー!」
「でもブランコ、あのひとがつかってるし。おれだってのりたいのりたいー!」
そんな男の子の声が聞こえて、誰が乗っているのか見ると、そこには昨日のお姉さんが悪びれもせずブランコで遊んでいた。お姉さんは「気が済んだら渡すよ」と言い、ずっと空に向かってコンパスと同じ動きを繰り返している。男の子はお姉さんに「ケチー!」とか「ババアー!」とか暴言を吐いていた。ブランコは二つあるけれど、たぶん一緒に乗りたいんだろうなと思った。
「お姉さん、ダメだよ。ゆずってあげなきゃ」
ブランコの前まで行くと、僕を見るなりお姉さんは「スイミー」と言って、ぱっとブランコから手を離して僕の方へ向かってきた。男の子たちは喜んでブランコに回る。
「ごめんね、夢中になってた」
お姉さんは昨日と変わらぬトーンで謝る。反省はしているみたい。
お姉さんは今日もキャリコだった。昨日とまったく同じ白コーデに、乾いた泥とキムチが付着した跡がそれぞれ裾と襟のところにあった。
お姉さんと子どもたちのやり取りにお母さんたちのひそひそ声が聞こえた。お姉さんと僕を見て、子どもたちを避難させるように急かしている。お母さんの一人が「君も変な人についていっちゃダメよ」と言い残して、喚く子どもたちを強引に引っ張って行ってしまった。
僕は聞く耳を持たなかったけれど、隣に立つお姉さんは哀しそうな顔をしていた。
「ねぇ、スイミー」
その声の続きを、僕は目で訴えた。
「大人になったら、ブランコは乗っちゃダメなの?」
……ああ、そこなんだ。
「乗っちゃダメってことはないと思うよ。なかなか乗る人がいないから変わってるなって思ったんじゃない?」
「そうなんだ。楽しいのに」
「大きくなると素直に『好きなものが好き』って言えなくなるんだよ。小さい子を対象として作られたものを大人が同じように遊んでいると『この人は発達が遅れてるのかな』とか『いつまでも幼稚だな』って思われるから」
「ふぅん」
お姉さんは見えない石ころを空に蹴り続けてた。変な人呼ばわりをされて傷ついているのか、好きなことを好きにできないことにモヤモヤしているのか。しばらくして吹っ切れたお姉さんは、すっかり気に入ったブランコにまた座って漕ぎ出した。
キック、キック、トーン。
どこかで聞いたことのある拍子に合わせて前へ、後ろへ。ゆりかごに揺られて喜んでいるみたい。
「大人は損だね」
僕がブランコに座ったところでお姉さんは口にした。
「スイミーも私は変だって思う?」
だんだんと勢いをつけて前へ行くお姉さん。僕は正直に「うん」と言った。
「なんにも知らないから、変だって思う」
その答えを聞いて、お姉さんはしばらく考えた。そしてしばらくすると「今日ね」と言い出した。
「変な桜を見つけたの。白い桜だよ。
しかもぜんっぜん桜っぽい形してないの。十枚くらい花びらが付いてて、八重桜って種類なんだって」
今度は勢いを弱くして着地の準備をする。飛び降りるところに狙いを定め、タイミングを合わせてジャンプ――したはずが、膝から着地してずっこけてしまった。
急いでお姉さんのもとへ駆け寄る。膝と手を擦りむいて、おでこに砂が付いてしまった。あちこちケガしてきっと痛いはずなのに、お姉さんはこちらをくるりと向いて笑ってみせた。
「そういうのが、私はすき」
それを聞いて、僕がお姉さんを変だと思う気持ちは変わらなかった。けれど、やっぱり悪い人でもないみたいだ。お姉さんは「それでね」と続ける。
「その桜の名前が、私とすごく似てたんだ」
「お姉さんと?」
「うん。『白妙』って名前なんだって」
「白妙……」
「うん。明日行ってみる? ここら辺の近くに咲いてるよ」
「お姉さんの名前は?」
僕は提案そっちのけでお姉さんに問いた。お姉さんはあぐらをかいて地面に座ると、一言、「たえ」と言った。
「スイミーは……」
そんな声が聞こえた気がしたけれど、強風に煽られて続きはなにも聞き取れなかった。
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