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うちにはヒーローがいる。
何言ってんだって思われそうだけど、いるもんはいるのだ。
いわゆる○○マン、的な。マスクかぶってピッタリしたスーツに身を包んだ、あれ。
俺のアパートは山手線の駅から徒歩7分の好立地にもかかわらず家賃は5万円。部屋に鍵がなく破格に安い。一応トイレと風呂はある。
「こんなボロアパート、泥棒も来ないよ」という大家さんの言葉通りだが、ヒーローは関係なく来た。てか、居た。
俺が留守の間に勝手に上がりこんでいたのである。
知らない間に屋根裏にハクビシンがいた、みたいなのと一緒。ハクビシンは雨樋からこっそり家に入るが、ヒーローは堂々とドアから来るものらしい。
うちに帰ったら、せっせと部屋を片付ける銀マスク&スーツ姿のヒーローがいた。
「あの、ここ、俺んちですよね?」
ドアに貼られた部屋番号の札を見返して俺は聞く。自然と敬語になったのは、家に謎のマスクマンがいるのが超怖かったせいだ。フルで顔隠してる奴とか、大体ヤバいし。掃除してるのも意味不明だし。
「やあ」
マスクマンは爽やかに片手を上げた。
「すまない、お邪魔している」
「えっと……?」
「私はヒーローだ。敵との戦いで傷つき、ここに辿り着いた。しばらく休ませてほしい」
唖然とする俺を気にもせず、ヒーローは額に汗して掃除を続ける。いや、実際はマスクで額、見えないんだけど。
「あの、暑くないすか?」
とりあえず気になったことを聞いた。
今日は気温が高く、蒸し暑い。当然うちにエアコンはなく、ピタっとしたマスクとスーツで動くのはしんどそうだ。
俺は作家を目指して上京してきた。
今思えば、別に上京する必要はなかったんだけど、夢を追うには自分を追い込むべきだし、そうすることで才能はさらに磨かれると思い、若い俺はこの部屋に住んだ。
あれから3年、言うほど若くなくなってきた俺は完全に行き詰まっている。
書いても書いてもダメ。賞に応募しても一次審査すら通らず、最近では文章なんてポイントサイトの商品レビューぐらいしか書いていない。
生活のために近所のコンビニで始めたバイトが今の俺のメインで、本当は8時間勤務だけど人手不足でいつも14時間は働いている。
家に帰っても寝るだけ、そもそも帰らないで事務所で寝る日もあり、そんな感じで家主さえ寄りつかない我が家は、暑いし寒いし掃除もしてないし、とても落ちついて小説を書くような環境ではなかった。
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