4人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
「君、名前は」
「柴田です」
「そうか。柴田君、確かにここは暑い。エアコンをポチったから取付に立ち会ってくれ」
ヒーローもポチるとか言うんだ。
翌日、本当にエアコンは届いた。
その後も掃除ロボとか高機能オーブンとか、ヒーローが続々ポチってうちを快適にしてくれるので、自然と俺も早く帰るようになった。
ヒーローはきれい好きで、料理上手でもあった。
俺の好きな生姜焼きはもちろん、買ったオーブンでピザとかも作ってくれる。
美味い手料理を食べ、清潔な布団で眠る。整った生活をしているうちに志も甦った。残業をやめた分の時間を執筆にあてる俺にヒーローは豆からコーヒーを淹れてくれた。
「ありがとう、ヒロっち」
「がんばれよ、柴っち」
もはや俺たちはヒロっち、柴っちと呼び合う仲だ。
ヒロっちはいい奴だし、めっちゃ気も合う。ジョジョの5部について語ったり、一緒にモンハンやったり。
モンハンのきついミッションをやり遂げ「よっしゃ!」と抱き合った勢いで俺が屁をこいても、ヒロっちは笑ってくれた。
「ぜひ私を柴っちの小説の最初の読者にしてくれ」というヒロっちに応えたくて、俺は燃えた。
しかし、そんな俺たちの蜜月は長くは続かなかった。
バイト先のコンビニに警察が来たのだ。
帰り道の俺は上の空だ。
頭の中はさっきの警察の話が駆け巡っている。
千葉で起きた強盗事件の犯人が一ヶ月前からこの辺りに潜伏している。それくらいから店に来た客で怪しい奴はいないか。この顔に見覚えはないか。
見せられた写真に見覚えはなかった。
けれど、ちょうどその時期に現れた怪しい奴なら、心当たりがある。
もう夏も近いというのに相変わらずヒロっちはマスクを脱がない。暑いし脱げばいいじゃん、と俺が言っても「ヒーローにマスクを脱ぐとか脱がないとかない」とか言って。
ポチりはするが外出はしない。
たぶん仕事もしていないはずだ。エアコンやらを買う金はどうしてるんだろう、と前から思ってはいた。
俺たちは友達だ。だけど、俺はヒロっちのことを何も知らない。そのことが急に怖い。
カレーの匂いがする。
鍵のないドアを開けると「おかえり」とヒロっちが言う。いつも通りだ。いつも通りの俺たち。
「あのさ、今日、外食しない?焼肉とか」
考える前に口が動いていた。
「カレーを作ったが」
「カレーは2日目も美味いじゃん。いつもヒロっちに作ってもらってばっかだから、給料出たし、お礼に」
「しかし」
ヒロっちが戸惑っている。だけど俺は止まることができない。
「ね、行こうよ。服は俺の貸すし。マスクも脱いで。今日バイト先に警察来てさ、強盗犯探してるらしいからそのカッコじゃ職質されちゃうよ」
畳み掛けたのは泣きそうだったから。
お願いだ。じゃあ行こう、と言ってくれ。バカだな、疑ってるの?と笑ってくれ。
祈っても、ヒロっちの返事はなかった。
最初のコメントを投稿しよう!