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 この日、午後の講義が休講となった僕は、大学併設のカフェで淡々と読書に耽っていた。 ――櫻宮(さくらのみや)さくら著、『今に()く』。  神奈川県南足柄に位置する架空の町、菊入町(きくいりちょう)を舞台とした本格幻想ミステリ小説だ。同者の処女作にして、谷川新人賞受賞作である。  物語は、大人になり世帯(しょたい)を持った常盤(ときわ)士郎が、故人である義父の葬儀を執り行うために、妻の華枝(はなえ)と故郷入りするところから始まる。  士郎には、大きな謎があった。高校当時の一部の記憶が欠落しているのだ。しかし彼はとうに思い出すことを諦め、これまで特に意識せず過ごしてきた。ところが、帰郷したことをきっかけに改めて意識することになり、中盤にかけてはその記憶を思い出すべく、彼の回想シーンとなっていく。  そして、滞在中のホテルのロビーで夜な夜なビール片手に外の桜を見て回想する彼は、ここでとうとう当時の記憶を蘇らせるのだ。欠落していた記憶は、なんと……初恋の記憶。  当時まだ町にあった、有名な一本桜。それを介し出会った、初恋相手の櫻子。終盤は、その櫻子と一本桜の消失にまつわる不可解な出来事が描かれていく。
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