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お待ちしていますとの里見の返事を最後に、里見の後ろにいた慎一郎は、車椅子を、暖炉の前にある食卓の上座に据えた。そのままの足で、彼は照之の向かいにある、自らの席へ移動する。
「それでは紹介を続けさせていただきます。翔君の向かいにいるのが、今年の春から学園の体育教師に着任した青葉一弘先生。さらに隣に座っているのが生徒の舞原雪、その隣が水澤のぞみ、あと、翔君の隣にいるのが左近寺陸郎です。
最後に、もうお会いしましたが改めまして、私は学園で教頭と、高等部の数学を担当している岡崎慎一郎と申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」
慎一郎が続いて照之と翔をほかの全員にすると、それを皮切りに和やかな雰囲気の夕食が始まった。
「なあ、翔って呼んでいい?」
夕食が始まるなり照之の逆隣に座っていた陸郎から話しかけられた。スポーツ刈りよりも少しだけ長くした髪を整髪料で整えている彼は、翔とはほとんど同い年とは思えないほど背が高いようだった。
「いいよ。君は陸郎だったよね。あ、陸郎って呼んでいい?」
翔が問うと、陸郎は気さくにうなずく。
「ねえ、私たちもまぜて」
翔の座る席からは少し遠いが、のぞみが明るい声を掛けてくる。彼女はボブカットにした髪をふんわりとセットし、薄いピンクのニットに華奢なデザインのネックレスを合わせて、さりげない着こなしながら、とてもお洒落な印象だった。目元のくっきりとした美人で、都会を颯爽と歩いているのが似合いそうだ。
その隣の、翔から見ると斜向かいの席には、白いブラウスの背に長く伸びた髪を流した雪のおっとりした笑顔も見える。清楚な衣装と、ゆったりした鷹揚な動作とが相まって、お姫様のようだった。
こうして見ていると、この屋敷の住人たちはいたって気さくな人柄のようだった。翔は少しほっとして、笑顔でうなずいた。
「ここ、すごいお屋敷でしょ。実は資産家だった先代の学園長先生がこだわって建てた家なんだって。でも別に使用人の人とかがいるわけじゃなくて、家事はみんなで当番制にしてるの。だから翔君も一緒にやってね」
「客に手伝わせるのかよ」
あきれた声を出す陸郎に、のぞみは当然のようにうなずく。
「この家に来た人は家族だから区別しないって、ここの決まりでしょ。それに、いずれ来るならいいじゃない」
「まあそうだけどさ」
「ここにいる人たちはみんな家族なの?」
慣れないフォークで、少し不器用にサラダを口に運びながら翔は問う。陸郎は首を振って答えた。
「血はつながってない。ただ共通点はあって、みんな子供の頃に親を亡くしてるんだ。それでここの先生に拾われた」
「そうそう。里見先生が先代の校長先生に拾われてここに来たのが最初で、それから慎一郎先生、一弘お兄ちゃん……一弘先生の順に拾われてきたのよね」
雪はおっとりと言って、翔ににこっと笑いかける。春の日差しのような笑顔に、翔の頬が熱くなった。
「あ、あの……君は、雪……でいいんだよね? さっきは庭で何をしてたの?」
やや口ごもる翔の言葉に、雪の隣にいたのぞみも、思い出した、という顔をする。
「そうそう、二人とも、知り合いだったの? 普段学校にも行かない雪が、最初から翔君と知り合いみたいだったし、びっくりしたのよ」
「庭で偶然会ったの。ね、翔君」
そう言って笑いかけられて、翔はぎこちなくうなずいた。
「ああ、雪は庭を散歩するのが好きだものね」
「うん」
「あ、あの、雪は……学校に行ってないの? ここ、学校でしょ? もしかして学校、あんまり好きじゃないの?」
雪は首を振る。
「嫌いじゃないよ。ただ、今はいいかなって思っただけ。去年までは行ってたんだよ」
その答えに、翔は少し落胆する。
「じゃあ、学校で雪には会えないんだ……」
見るからに萎れた翔を、横から陸郎が小突く。
「なんだよ、雪が目当てなのか? 心配しなくても、俺が遊んでやるって」
「め、目当てって、俺は別に、そんなんじゃ……」
陸郎にからかわれ、翔は頬を染めて困った顔をしている。そこへ雪が割って入った。
「ね、翔君のことも教えて。お兄さんと二人暮らしなんでしょ?」
翔は雪が差し伸べてくれた助け舟に、熱くなった頬をごまかそうと、水を飲みながらうなずいた。
「うん。俺がまだ小さい頃に親が死んじゃったから」
「そうなんだ。ごめんね、思い出させちゃって」
「平気だよ、そのくらい。俺には親はいないけど、兄さんがずっと親代わりで俺のこと育ててくれたし、父さんの知り合いの人も、家族みたいに面倒見てくれたから寂しくなかったしね。そんな環境だから、一応家では俺が家事担当なんだよ。兄さんは仕事してるから」
「じゃあ、お料理得意なの?」
雪がおっとりと尋ねる。
「あ……う、うん。一応ね」
また頬が熱くなって、翔はうつむいた。
「そっか。なら翔君の料理、食べてみたいなあ。でも私たち、食事は二週間に一度だから、今回は食べる機会はなさそう」
のぞみが残念そうに言う。長命種たる翔たちは、その体質により、食事は二週間に一度で済んでしまう。地球人と変わらない姿形を持つ彼らだが、その性質は大きく異なる部分も多いのだ。
「おーい、俺もそっちに入れてくれ」
雪の隣の斜向かいから、気楽な声で一弘が話しかけてきた。
「ちょっとお兄ちゃん、もう先生なんだから、あっちに入って慎一郎先生とかと話すんじゃないの?」
「そうだよ、兄ちゃん。春からずっと、先生って呼べよって言ってるじゃん」
のぞみと陸郎はそう一弘をからかっているが、二人こそ子供のような笑顔を一弘に向けている。
一弘は、里見よりは背が高いが、慎一郎よりは低い。ともすると、陸郎と同じくらいの体格なのではないかと翔は思った。
「いいじゃんか。先生になったのは本当なんだし」
一弘はいたずらっぽい顔で笑って、のぞみたちに構ってもらおうとしている。
「兄ちゃん、今年やっと教師になれたのが嬉しくて、俺たちにやたらと先生って呼ばそうとするんだよ」
陸朗が呆れたように言うが、その表情に深刻さはない。一弘が笑って流すのを見越してじゃれついているだけなのだろう。
「翔は俺のこと、先生って呼んでくれるよな?」
一弘に満面の笑顔を向けられて、翔はどうしていいのかわからなくなった。
「無理して呼ばなくていいぞ、翔。ただそう呼んでほしいだけなんだから。兄ちゃんもやめとけよ。困ってるだろ」
遠慮のないやりとりだが、刺々しさは感じなかった。気の置けない間柄だからこそ、気軽に言い合えるのだろう。
「一弘先生は三人のお兄さんなの?」
翔が尋ねると、陸郎は首を振る。
「違うちがう。さっきも言ったけど、血はつながってない。でも俺たちがすっげえ小さい頃から一緒にいるから、兄ちゃんって呼ぶのが当たり前になっちゃったんだよ」
「こいつら、もう直す気なくてな」
一弘はそんなことを言っているが、その表情は明るい。結局はお兄ちゃんと呼ばれるのが一番嬉しいのだろう。
一弘がのぞみや雪と話し始めたので、陸朗は翔にそっと耳打ちするように話した。
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