八重の桜が咲くころに

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「桐谷さん、これからどうしますか?」 営業部所属の後輩が陵を眺める私を気遣い、声を掛けてくれた。 「私達、これから隋心院に行きますけど、一緒にどうですか?」 『桜華(おうか)に逢いたい』 後輩の声に混ざり耳に入る悲し気な声。 「一緒させて頂こうかな」 『桜華に逢いたい』 私の呼応に耳元で低く悲しい声が響く。 「よかった。歩きますか?一時間位かかるみたいなんですけど」 『桜華が恋しい』 声が徐々に大きくなる。これはもう、連れていくしかない。 「桜が舞い踊る京都の街中をのんびり歩くのも素敵よね。そうしましょう」 『桜華が待っている』 後輩が先導して歩き出した所で、唇に2本指を当て、声の主に話しかける。 『連れていく事が望みですか?逢えぬとわかっていても行きますか?』 耳元の声が一瞬躊躇した。 『この場に留まり続ければ、いずれ邪道を進みます。六道輪廻へ戻る事はできません。逢えぬとわかった上で私に同道しますか?』 耳元の声の主は逡巡した様子だ。 永い年月、成仏できずに現世に留まった魂は自我を失い、悪霊となる事が多い。 逡巡を巡らせるほど自我が残っていること自体が珍しい。 『深草帝(ふかくさてい)仁明天皇(にんみょうてんのう)』 私が魂の名を口にすると意を決したのか『同道しよう』とはっきりと呼応した。
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