八重の桜が咲くころに

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私、桐谷(きりたに)沙夜(さや)は会社勤めの傍ら、迷える魂の浄化をしている。 浄化師と言うと何やら胡散臭そうに思われるから、過去生浄化(ヒプノセラピー)の看板を掲げている。 歴史が深く、争いが絶えなかった京都には深草帝の様に何らかの想いを残し天に召される事ができずに苦しむ魂が多く存在する。 私がスイッチをオフにしている状態でも声が耳に届く程、残した想いも深いのだろう。 隋心院へ向かう道すがら仁明天皇の生没を検索してみると約1135年前。 自我を残しつつ留まっていたことが奇跡に近い。 先を行く後輩と少しづつ距離を取り、深草帝に話しかけた。 自己紹介と現代語での会話の了承、桜華と呼んだ想い人の事、想いが残った事柄と徐々に現世に留まる魂である事を自認させていく。 浄化へ導く初期段階で必要な魂への寄り添いだ。 そうこうしている内に山科川に差掛った。 成程。山科川を境に結界が張られていた。 かなり古い結界だから術が解けていてもおかしくないが、相当の結界師が張り巡らせたのだろう。 川を目前に深草帝は立ち止まった。 『后が陰陽師に張らせたのだ。麻呂が桜華の元へ通えぬ様にとな。死してなお桜華に逢わせはせぬと』 対岸を愛おしそうに眺めている。 私はこの場で待機が可能かを深草帝に確認する。日暮れまでに陵に戻ればいいらしい。 『日が暮れると魑魅魍魎(ちみみょうりょう)蔓延(はびこ)り、麻呂を闇夜に連れ去ろうとするのだ』 私は静かに頷いた。 自我が保てていたのは恐らく陵に施された護符と日没後に陵から出なかったからだ。 風に舞う桜の花びらを眺め深草帝は呟いた。 『桜華は八重の桜を好んだ』 薄紅色の花びらに混ざる少し濃い色の花びらに手を伸ばす。 『桜華・・・・』 深草帝は対岸に想いを馳せている様だった。
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