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隋心院に到着すると本堂は改修中だった。
能の間に奉納された「極彩色梅匂小町絵図」、小野小町の一生を描いた八重桜色の襖絵に後輩たちは興味津々だった。
縁起に記された「百夜通」の場面はどこかと見入っている。
誰かの何かの思惑で噂や伝承は誇張されることがしばしばあるが、人はなぜか鵜呑みにしてしまう。
そうして歴史は彩られていくのだろう。
私はそんな事を思いながら後輩たちの姿を少し離れて眺めていた。
暫くして境内を巡ってくると言う後輩たちと別れて、私は能の間の縁側に腰を下ろした。
庭園の八重桜が重そうに枝を曲げている。
風が吹くと少し濃い紅色の花びらが舞う。
薄っすらと梅花を思わせる香しさが鼻腔をくすぐった。
『この季節は好きではない。わらわは八重の桜を見たくはないのじゃ』
長い黒髪に深草色の単衣を纏った女性が隣に座った。
「花の色はうつりにけりないたずらにわが身世に振るながめせしまに」
私は小倉百人一首、第九番小野小町の歌を口にする。
「有名な歌ですから」
ゆっくりと隣に座る小野小町に顔を向けた。
「お姿がはっきりと見えます。お美しさは真実であったのですね」
平安時代に美しさと言えば細い目に面長の印象が強いが、誇張されたものではなかった様だ。
「百夜通は真実ではなかったのですね」
無言でじっと私の話に耳を傾けている。
「仁明天皇が崩御された後、あなたは自ら命を絶った。仁明天皇と同じ毒を飲んで」
私から目をそらし八重桜へ視線を向ける。
『花の色が移り変わる様にわらわも姿も変わっていく。御上に愛でられた姿のままでいたかったのじゃ』
「深草帝が山科川の対岸でお待ちになっています」
膝の上に置かれた手がピクリと動く。
「桜華に逢いたい、桜華が恋しいと仰って、あなたと同じ時を陵でお過ごしになっていました」
ゆっくりと顔を向ける。
「あなたの胸の内をお聞かせ下さいますか?」
小野小町は目を細め静かに頷いた。
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