八重の桜が咲くころに

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『わらわが皇后の元へ御出ましになるよう申さなければお上が毒を盛られる事はなかった。わらわは嬉しく思っていたのだ。お上がわらわを永久に愛しむと申して下されたことが。わらわが皇后であったなら同じことをしていたやもしれぬ。お上のお命を奪ったわらわも桜華の名を授かったわらわも散ってはまた咲く八重の桜も大嫌いじゃ』 「それでも深草帝の事を1100年も想い続けてきたのでしょう?結界に穴が開いていても、外へ出ようとしなかったのは、深草帝が現世に留まっているからではないの?」 隋心院は承久、応仁の乱で火災に見舞われている。 結界の陣が崩れている所が数か所あるから内側から外側へ出る事は可能だ。 結界内に留まっているのは 「深草帝を待っているからですよね?深草帝は桜華が待っていると仰せでした。もし、外側から内側に入れるまで結界が解かれ、深草帝が迎えに来られた時に自分がいなかったらあの方は間違いなく邪道に進みます。それが解っておいでだから留まっているのでしょう?」 小町の目からポロポロと涙が零れた。 『そうじゃ、わらわもお上に逢いとうて仕方がない。桜華と呼ぶお声が聴きたい。細く長い指で唇に触れて頂きたい、春の冷たい夜風にさらされた頬を両手に包みこみ温めて頂きたい、わらわとてお上に逢いとうて仕方がないのじゃ』 突風が八重桜の花びらを散らし、庭園が濃い紅色に染まった。 「小野小町の魂の声、承りました」 両者の魂への寄り添いが完了した。
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