八重の桜が咲くころに

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風に吹かれ桜の花びらが舞い散る山科川の対岸で深草帝は待っていた。 「お待たせを致しました」 『桜華には会えたか?』 私一人戻ってきたことに明らかにガッカリしている。 「桜華さんとは小野小町さんの事ですか?」 私は名前を確認する。 『そうじゃ。小町を桜華と呼ぶのは麻呂だけじゃ。桜華に逢えたのか?』 少し興奮している。浄化するには穏やかな気持ちでいてもらわなければならないから。 「はい、会えました。深草帝を待っていらっしゃいました。一つ確認します。桜華さんと逢われてどうしたいですか?」 小町の想いは一緒に天に召されること、ここが異なると双方の成仏は難しい。 『麻呂は桜華と共に来世を迎えたい。共に眠り、共に目覚め、歌を詠み、書を編纂し、後世に残したいと思っている。桜華とならばいかような物事も成し遂げられると信じてやまない』 魂の想いの一致。 浄化の第二段階だ。 「解りました。小町さん、出てきて下さい」 両掌を広げ、ふっと息を吹きかけた。 深草色の単衣を纏った小野小町が深草帝の目の前に現れた。 『お・・・・桜華・・・・桜華っ!桜華っ!』 深草帝は小町を抱き寄せた。 『申したであろう?そなたが色褪せることなどないと、永久に麻呂はそなたを愛しむ。来世を共に歩もう』 『お上、お逢いしとうございました。待っていました。ずっと、ずっと、永い時をずっと』 二人の周りを金色の光が桜の花びらと一緒に包みこむ。 『来世も共に。来世に向かおう』 『桐谷殿、感謝する』 『桐谷様、感謝申し上げます』 二人はキラキラと瞬きながら天に昇っていった。 見上げた空から一筋の光が射している。 『嫌いになった八重の桜、来世は再び好きになれます。きっと』 桜を嫌いになる理由(わけ)は思い入れが強いからなのかもしれない。 私はそんな事を思いつつ、天に昇る二人を見送った。
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