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休息
「こんまいなあ・・・」
「だろ。でもよ、心肺機能の数値はずば抜けてるんだ!牧場長が言うには、これまでの生産馬で5本の指には入るって!」
「へえ〜」
「でも、もう少し成長を促したいから、育成牧場への移動は来春かな?じっくり育成する方針だって」
翔馬は、年内最後の騎乗を終えた後、師匠の元を訪れ挨拶をし、寮長に外出届を提出した後、翌29日の早朝に大阪伊丹空港から新千歳空港へと向かった。
師匠から預かった翼宛の封書を携えて。
空港には翼が迎えに来ていた。
ははあ・・・どうやら恋は成就したらしい。喜ばしい事だ。多分。牧場へと向かう車の中で流れていた星○源の『恋』には思わず笑ってしまったけれど。喜ばしい事ではある。多分。
牧場に到着すると、
「こんな遠くまでわざわざ・・・。スター騎手が来るような場所じゃないよ」と、牧場長は笑って言った。そして、奥様だろうか?、
「今日はしっかりとおもてなしさせていただきますので、それまでゆっくりしてくださいね」と、声を掛けられ、翔馬は宿泊する部屋へと案内された。
15畳程はあるだろうか・・・真新しい畳の新鮮な匂いが、心をリラックスさせてくれる。
暖炉が暖かな火を灯し、部屋の中央には囲炉裏まで備えてあった。
「おいおい・・・」翔馬は苦笑いを浮かべた。
これじゃまるで一流旅館じゃないか・・・泊まったことないけど。
窓の外に広がる白銀の世界。
翔馬は目の前に広がる、非日常的な光景に目を奪われた。真白に覆われた広大な土地を、親仔らしき馬が2頭、元気よく走り回っている。
普段はトレセンで、競馬場で彼らに携わっている翔馬は、心が洗われるような感慨深い思いを抱いた。
牧場で産まれ、精魂込めて育てられた仔馬が成長し、やがて競走馬となり、競馬場を駆け巡る・・・。
改めて、過酷な環境を選んだ親友を凄いやつだと思う翔馬であった。
「はあ~!?」絶句する翔馬。
「いや、だから・・・まあ、そういうことなんだ・・・」
「・・・・・・」
牧場長始め、全スタッフが(もちろん翼の彼女も)勢揃いした翔馬の歓迎会は、ジンギスカンと石狩鍋という北の大地の二大料理で盛大に始まった。どちらも大好物・・・先輩達が札幌、函館遠征を楽しみにしている気持ちがわかるというもの。折角の好意である。思う存分頂こう。
「翔馬君、一年間お疲れ様!」
「ありがとうございます!」
「かんぱーい!」「いただきまーす!」
二大料理に舌鼓を打ちながら楽しい時間を過ごした。
たくさんの質問を受けたり、恥ずかしながらサインをしたり(いまだに慣れないのだが)、馬名しりとりをしたり(これは本当に面白かった)。
ある先輩ジョッキーが、体重計に乗りながら食事をしていたエピソードを紹介すると(勿論名前を伏せてだが)、皆、目を丸くして驚いていた。
とにかく、楽しい歓迎会となった。ところが・・・。
会がお開きになった後に、翼から聞かされた一言が・・・である。
「・・・・・・・・・」
「ん?どうした?感動のあまり、言葉が出ないほど喜んでくれたのか?」
逆である。
こいつはバカか。先ほどこいつを褒めた自分を殴りたい気分の翔馬。いや、いっそこいつを殴ったほうが早いだろう。しかし、まさか・・・。
牧場の大切な一人娘と恋仲になり(いや、それは別に構わないのだが、多分)、何と1回目で受胎、いや妊娠させたなどと・・・。
「いや〜、馬にも人にも相性と言うものがあって・・・」
お前が言うな!とツッコミたい翔馬であるが。
しかし、18歳で父親とは・・・。
馬に例えれば、3歳の現役競走馬が放牧中に暴走して、繁殖牝馬の集まっている牧草地の柵を飛び越えて突っ込んで行き、種付けをしたようなものではないか!いや、何でも馬に例える俺もちょっとどうかしてる・・・。
翔馬は頭を振り、悪夢を振り払った。
「お前・・・大丈夫か?」
「ん?何が?」
能天気な性格は昔からだが、父親になるという自負があるのか?、さすがに心配である。
「大丈夫だよ!腹はくくってるから」
「牧場長・・・怒っただろう?」
せっかく就職できたのに(いや、就職させられたんだっけ)
「出て行け!」とか、
「じゃあ彼と一緒に出ていきます!」とか、
「お前とは縁を切るからな!二度と家の敷居をまたぐな!」とか、俗に言う、修羅場を想像したのだ。だが、彼の答えは翔馬の膨らんだ想像を、一瞬に粉々にして吹き飛ばした。
「いや、喜んでくれたよ!」
「はい?」翼はにっこりと笑った。
「これで跡取りはできたし、しっかりと仕込まなあかんなぁって」
開いた口が塞がらない・・・。
大切な娘を取られた父親の気持ちがわかるほどの大人ではないが、果たしてそんなものなのだろうか?
「来年の8月が予定日なんだ。そんときによ、重賞で一発、生まれる子供にでかい花火を打ち上げて欲しいよな!」
勝手な奴だ・・・そう思いながらも翔馬は
「うーむ・・・・・・」と腕を組み、凍てついた夜空を見上げた。
翔馬には名前のわからぬ星が、その存在感を示すかのように、キラキラと輝いていた。
「俺の代わりに、親父からお年玉貰っておいてくれよな!」
まったくこいつは・・・けれど. 18歳ならまだ貰う権利あるのか?いや、就職した段階でお年玉の相続放棄だと思うけど。
「1月は京都か?」
「ああ。2月一杯は京都だと思う」
「怪我だけはしないようにな!確か先週落馬事故あっただろう!」
翔馬は頷いた。そういえば・・・・・・。
「結婚式はどうするんだ?」
「そうだなぁ・・・来年の有馬終わってからとか?」翼はさも当然という感じで、1人頷いている。
「は?そんなに先なのか?子供生まれてるだろう!」
結婚式は、子供が生まれる前にするのが常識ではないのか?いや、そもそも結婚式が終わってから種付け、いや、子作りを・・・。何せ男女、いや大人の関係?とでも言うのだろうか、このような事についてはまったく疎い翔馬である。中学の卒業時には、下級生に制服のボタンを1つ残らず奪われたというのに。
「まぁ、周りの牧場には皆挨拶したし、お世話になっているオーナーや調教師には、牧場長から連絡が行ってるから」
「ああ、それでか・・・」
「ん?」
「ほら、封筒!」翼が頬を緩めた。
「まぁ・・・父親になると言うのは.いろいろ大変だからね」翔馬は思わず吹き出した。
「良い馬育てて送り込みますから!って伝えてくれる?」
「了解!」
来年再びここを訪れた時、またみんなに喜んでもらえたらいいな・・・。
翔馬は両の拳を握り、自らに気合を入れる。
「来年は未来に負けないぞ〜‼︎」
「頼むから女の子産んでくれ〜‼︎」
「⁉︎」
2人の願い(叫び)を遥か遠くで聞き付けた親仔2頭が、真っ白な雪で覆われた大地を力強い足取りで駆けてくる。
2人は顔を見合わせて笑った。
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