帰郷

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帰郷

「ほら、お兄さんにちゃんとありがとうって言いなさい!」 「お兄ちゃんありがとう!」 「クリスマスのお菓子もありがとう!」 「お兄ちゃん、これなあに?」 「お金だよ、ららちゃんきっと!」 「わ〜い🩶」 「ありがとうございます!」  たくさんの笑顔に囲まれて、1人の青年が微笑んでいる。  翼が働いている牧場にニ泊し、翔馬は昼過ぎに札幌入りした。  札幌駅の地下街で昼食を摂った後に地上に上がり、しばらく辺りを散策した。途中、馬具専門店を発見したので中に入り、様々な馬具をチェックした。  翔馬の初騎乗初勝利のパネルがデカデカと飾られてあったので、ヒヤヒヤしながらではあったが。  2時間後、翔馬はタクシーで羊ヶ丘にある目的地に向かった。今年は例年よりも雪が少ないように思える。国道36号線を南下し、目的地まであと5分というところで、車線の反対側に農業試験場の建物が見えた。その奥には、広大な農園が広がっているはずだ。  懐かしいなあ・・・。そういえば、翼が言っていたあのお姉さんの名前・・・。  そう考えている間に、タクシーは目的地に到着した。  4年振りの帰郷であった。 「変わってないなあ・・・」 施設の敷地内に入る。左側にある体育館横の即席のスケートリンクでは、小学生らしき子供達がアイスホッケーに夢中だ。  朝5時に起きて、水を撒いてトンボで水平にして・・・。スケートリンク造営のプロってよく言われたっけ!翔馬は思わず笑みをこぼす。  もうすぐ夕食の時間だよな・・・どうやら子供達は翔馬に気付いてない様子である。  翔馬が施設の玄関に立ち声を掛けると、驚いた先生達が職員室から何人も現れて、翔馬を迎え入れてくれた。あまりにも丁寧な対応で、いささか戸惑ってしまう。  やがて、夕食を知らせる音楽が鳴り、ホッケーをしていた子供達もスティックを手に続々と戻って来た。  子供達が目を丸くして、そして叫んだ。 「ワア〜っ、お兄ちゃんだあ〜っ!」  みんなで夕食を一緒に食べて、お風呂に入った。ゴシゴシして、ゴシゴシされて。あまりの長湯で、のぼせる寸前であったが。  中学生までは夜9時まで、高校生は夜10時。 普段、TVが見られる時間・・・いわゆる就寝時間である。    しかし、今日は大晦日。 夜の12時15分までテレビが見られる事もあり、みんなワクワクしている。  みんなでお菓子を食べながら紅白を見て(中学生以上の男子は格闘技番組に夢中である)、テレビで除夜の鐘を聴いて、おやすみなさい、と、なる前に目を擦る子供達を歯磨きに連れて行き(眠った子を起こすのは可哀想だけれど)、2人の先生と一緒に子供達を布団まで連れて行き、何とか無事に大晦日が終わった。  日付はとっくに変わっていたけれど。  翔馬は欠伸を噛み殺しながら、来客用の宿泊室に向かった。  みんな、ちゃんと眠れるかな?ふふふ!  翔馬には、大晦日の子供達の行動がすべてお見通しである。何といっても10年間過ごした我が家なのだから。    小学生は、6人部屋で引き戸。 まずは、鬼が(宿直の先生)眠るのをじっと待つ。そして、部屋のボスが大丈夫だと判断すれば、布団の中でおしゃべりをしながらお菓子を食べるのだ。音がしないようにそーっと袋を開けて・・・。彼らの部屋は、宿直室の向かいだから要注意だ。その点、中学生は4人部屋、高校生は2人部屋でそれぞれドアがあるので、少々の無茶は大丈夫である。大騒ぎしなければだが。  翔馬もよく夜更かししたものである。 そっと足音を忍ばせて、宿直室の前を通り過ぎ、階段を降りて食堂に向かう。右手に持つのは、ホットケーキを作る材料と道具一式。調理室の真上が宿直室というレイアウトも、ドキドキ感を倍増させたものである。  出来上がったホットケーキを、高校生の女の子の部屋に運び込み、よく褒められたなぁ・・・翔馬は忍び笑いをする。  なんだか、つい最近までここで生活してた気がするんだけど・・・。  色々な思い出がパッと浮かんでは、ゆらゆら消えて、浮かんでは消えて。羊を数えるまでもなく、あっという間に翔馬は眠りに落ちていった。  皆、眠い目をこすりながらも、25人全員が揃い、元旦の遅い朝食兼昼食が始まった。  おせちに、お雑煮、おしるこ・・・。 下は3歳から上は17歳の凛々しい高校生まで。  みんな嬉しそうだ。 翼の父であり、翔馬の担当であった蒼井先生が今日の宿直だ。  みんな・・・今日は悪いことできないぞ!  元旦のイベントと言えば、やはりお年玉だ。 もちろん、みんなもらう権利があるわけだ。聞いているか翼?  翔馬はジョッキーの端くれとして、それぞれに応じた金額に分けてあるポチ袋を一人一人に手渡した。  楽しい食事が終わり、翔馬は先生と一緒に応接室に移動した。 「おめでとう!」 「おめでとうございます!」  暖かい甘酒で乾杯をした。もちろん、アルコールが入っていない・・・と思う。    話題には事欠かなかった。4年分たっぷりと。 競馬学校の事、独身寮の事、サラブレッドの血統論、騎乗したレースの事、ライバル、そしてしつこく聞かれた恋人の事(本当にいないのに、何度も聞かれた)、もちろん翼の事も。 「正月明けにでもお年玉振り込んでやるか!」 その言葉を聞いて、翔馬は笑い出す。 「喜ぶと思いますよ!何やら色々と大変らしいですから」 「ふふふ。これであいつも逃げられまいよ!」  何やら恐ろしい一言に聞こえるけど、気のせいかなぁ? 「色々とありがとうな、翔馬」 「いえ、とんでもないです!」翔馬は慌てて頭を下げた。 「騎手になってまだ1年目なんですけど、なんだか自分は恵まれてるなーって思います。中田先生に弟子にしてもらって、好敵手に出会えて、何よりも先生のお陰で競馬に出会えて騎手になる事ができて、こうして帰る場所があって、みんな喜んでくれます」 「翔馬はみんなのヒーローだからなあ!俺も騎手になるって息巻いている子もいるよ!」先生は嬉しそうな表情で語っている。  ここにも翔馬のパネルがでかでかと飾られている。うむむむ・・・。 「それはプレッシャーですね!目標であり続けられるように頑張らなきゃ!ですね!」  翔馬が3年間過ごした部屋は出世部屋として、現在は札幌有数の進学校である札幌M校を目指している男の子が使用しているとの事だ。しかも1人で!おお!やるではないか!まさに、クラーク博士曰く、  少年よ、大志を抱け!である。  そういえば、師匠は言っていたなぁ。 「お前には兄弟姉妹がたくさんいて羨ましいなあ。大切にしなきゃ駄目だぞ!特に弟や妹達にとっては、お前は兄であり、親みたいなもんだぞ。  子は親の背中を見て育つって言うだろう。頑張れよ、お父さん!」  18歳でお父さんって言われてもなぁ・・・あいつと一緒じゃないか。  10年間過ごした施設を卒園してから4年経ち、またここへ戻ってくる事ができた。そしてまた始まる新たな年・・・。  今になって改めて感じること・・・。 みんな訳あって、この施設で生活をすることになったけれど、良い先生と仲間達に囲まれて、泣いて笑って喧嘩もして成長し、やがて新たな道へと歩き出す。  みんな・・・頑張れよ! 「翔馬も頑張れよ!」 翔馬の心の内を見透かすかのように、先生が声を掛けた。 「はい!また来年、みんなに喜んでもらえるように!」  西日を浴びて、キラキラと反射している札幌ドームの屋根が遠くに見えた。渡り鳥だろうか・・・編隊を組み、目的地へ向かって力強く羽ばたいて行く。  飛躍の為の戦士の休息。 そして・・・また新たなる戦いが始まっていく。 5eef9fc2-a678-4f4f-aa25-9bb1326edd34  
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