意地

1/1
前へ
/23ページ
次へ

意地

 ドーヴィル競馬場に集まった数多くの観客の視線が、1人の若者の一挙手一投足に注がれている。  日本からやって来た、まるでマジシャンのように馬を操る若者、ショーマに観客は熱狂した。  金曜日、新馬戦の2鞍をいずれも快勝、1勝クラスでは惜しくも鼻差の2着。土曜日は新馬戦の2鞍を快勝、1勝クラスで勝利を収めこの日は3勝。2日間、7鞍の騎乗で5勝を挙げていた。  そして、彼の今日の戦績は。 新馬戦2鞍、1勝クラスともに快勝、そして先程行われたGⅢ1400メートルでは、10頭立て、8番人気で追い込んで3着、そしていよいよ本日のメインレース、伝統あるG1ジャックルマロワ賞に彼は挑むのである。  その事件は、本日の第2レースと第3レース終了後に起こった。  第2レース、2歳新馬戦を3馬身差で逃げ切った彼は口取り式の為に、騎乗していた馬をウイナーズサークルへと誘導した。その馬はかなり発汗 をしており、彼は馬上にて何らかの異変を察知したのだろう、口取り式を中止して至急獣医に診断してもらった方が良い!と、彼は進言をした。  後にその馬は、軽度の心房細動を発症しており、治療を受けて回復した。  そして、直後の第3レース、3歳上1勝クラスをまたしても逃げ切った彼は、騎乗馬をウィナーズサークルへと誘導した。オーナーであるロッシ氏はとても嬉しそうな様子である。  その時、馬上の彼は、ロッシ氏とは反対側の、彼から見て左側の3番目に小さな女の子が立っているのを見つけた。生産牧場の娘さんだろうか?金髪の少女だった。彼はその少女に、 「おいで!」と声を掛け、自分の前に座らせた。  少女は彼に、 「ありがとうございます!夢みたいです!一生の宝物にします!」と、はにかんで言った。  レース後に異常を発した馬の命を救い、勝利を飾った馬に携わった少女に大切な思い出を残してあげた・・・彼のその行いは翌日のフランス紙にも大きく取り上げられ、彼のフランスでの騎乗最終日を見ようと、ドーヴィル近郊からは、数多くの観客が訪れ、本日のドーヴィル競馬場は、立錐の余地もないほどの超満員の観衆で埋まったのである。  名牝ムーランルージュの仔であるレザンドリーは、熱狂的なショーマニアの後押しを受けて、現在G1レース4連勝中のマイル最強馬サンヴァレリーを抑え、堂々の1番人気になっていた。  彼はいつものように、いつものルーティーンでレザンドリーの正面に立った。そして、瞳を見つめながら語りかけた。 「一緒に頑張ろうな!日本語わかるかな?」 彼は微笑んだ。  レザンドリーはじっと彼を見つめ、 「いつでもどうぞ!」と言ったかのように、その馬体を彼の横に向けて騎乗を促した。  観衆が驚きの声を挙げる。 まるで、彼女が彼に跪いたかのように感じたのであろうか?  その時、金髪の少女の瞳は彼だけを捉えていた。  彼と一緒に馬上にいるなんて、まるで夢の様だった。彼は今、レザンドリーに話しかけ、そして笑っていた。  何て言ったのかなあ?レザンドリーはきっと理解したんだわ。だって、横向きになって、 「どうぞ!」って言ったから。  彼女の真摯な眼差し。 隣で少女と手をつないでいた母親らしき女性が言った。 「エリー、そんなに緊張したら、お馬さんに伝わるわよ。笑顔でいなきゃ」 「うん!」母親を見上げながらエリーはにっこりと笑った。 「大丈夫よ!ちゃんとね、お守り馬券も買ってきたの!パパとママはね、お守り馬券で出会ったのよ!」  バックの中から財布を取り出し、パウチされているらしい1枚の紙片らしきものを取り出した。 「それなあに?」エリーはその紙片を受け取った。  少女は、にっこりと満面の笑みを浮かべた。  14頭がきれいなスタートを切った。 7番のレザンドリーも好スタートを切り先頭を伺う。しかし、2頭が外から猛ダッシュでハナを主張する。翔馬はがっちり手綱を抑えた。  森永師はこの2カ月間、とにかくハナには立たず、馬群の中で競馬をさせる為の調教を念入りに行っていた。翔馬も3日間の調教と追い切りで、その事を第一に意識していた。  前半はとにかくリラックスさせて、残り300メートルで爆発させる。とにかく、今は我慢の時だ。  彼女は落ち着いてゆったりと走っている様子だ。  800メートル通過、先頭までは7馬身。 前は少々ハイペースであると翔馬は読んだ。出番は、ある。  レザンドリーをぴったりマークするかの様に、サンヴァレリーが翔馬の真後ろで様子を伺っている。現在国際マイルG1レース4連勝中、爆発的な末脚を秘める馬。  残り400メートル。 直線、馬群がバラけて、各馬追い出し態勢に入る。サンヴァレリーがレザンドリーの左横にぴったりと付いた。先頭まで5馬身。まだ、まだだ。 ギリギリまで・・・サンヴァレリーが動いた瞬間を。  残り350メートル。 全馬が追い出しに入った。先頭まで4馬身、横一線。サンヴァレリーはまだ動かない。  翔馬もぴったりとサンヴァレリーに馬体を併せる。  残り300メートル。 サンヴァレリーが動いた。瞬間、ワンテンポ遅らせてから翔馬はアクションを起こした。  レザンドリーががっちりとハミを噛み、重心を下げ加速する。  残り200メートル。 サンヴァレリーが先頭を捉えた。わずかに遅れてレザンドリー。残り2頭の一騎打ち。  翔馬は夢中で追った。その背を追って・・・・・・。 「サンヴァレリー先頭!サンヴァレリー先頭! しかし、来た来たやって来た!ショーマがやって来た!レザンドリー、あのムーランルージュの血を受け継いだ、誇り高き貴婦人がインを突いてやって来た!マジシャンショーマがやって来た!    残り100、一騎討ちだ‼︎ サンヴァレリー差し返す!レザンドリー頭1つ出たか?しかしサンヴァレリーまたも差し返す! これが王者の意地だ! サンヴァレリー突き放すか!サンヴァレリー! しかし、しかしレザンドリー食い下がる!       並んだ!並んだ!     レザンドリー並んだ!     レザンドリー並んだ!     サンヴァレリー!     レザンドリー!     並んだ〜〜‼︎   ど、ど、どっちが先だあ〜〜〜⁉︎」  その瞬間、ドーヴィル競馬場はどよめきと、大興奮に包まれた。  ざわめきが静寂へと変わる。 誰もが固唾を飲んで、その結末を待っていた。  長い、長い時間だった。 やがて・・・・・・・・・決着が付いた。  観衆のどよめき、大歓声の波、波、波。 まるで、この大地が割れてしまう程の・・・。  大勢の報道陣が、彼を目指して駆け出して行った。 bba94f3b-9426-46da-bb51-7a98ff601bd2 PS・・・次回配信は、6月28日水曜日午前8時です🐴🐴エリーが?
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加