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意地
ドーヴィル競馬場に集まった数多くの観客の視線が、1人の若者の一挙手一投足に注がれている。
日本からやって来た、まるでマジシャンのように馬を操る若者、ショーマに観客は熱狂した。
金曜日、新馬戦の2鞍をいずれも快勝、1勝クラスでは惜しくも鼻差の2着。土曜日は新馬戦の2鞍を快勝、1勝クラスで勝利を収めこの日は3勝。2日間、7鞍の騎乗で5勝を挙げていた。
そして、彼の今日の戦績は。
新馬戦2鞍、1勝クラスともに快勝、そして先程行われたGⅢ1400メートルでは、10頭立て、8番人気で追い込んで3着、そしていよいよ本日のメインレース、伝統あるG1ジャックルマロワ賞に彼は挑むのである。
その事件は、本日の第2レースと第3レース終了後に起こった。
第2レース、2歳新馬戦を3馬身差で逃げ切った彼は口取り式の為に、騎乗していた馬をウイナーズサークルへと誘導した。その馬はかなり発汗
をしており、彼は馬上にて何らかの異変を察知したのだろう、口取り式を中止して至急獣医に診断してもらった方が良い!と、彼は進言をした。
後にその馬は、軽度の心房細動を発症しており、治療を受けて回復した。
そして、直後の第3レース、3歳上1勝クラスをまたしても逃げ切った彼は、騎乗馬をウィナーズサークルへと誘導した。オーナーであるロッシ氏はとても嬉しそうな様子である。
その時、馬上の彼は、ロッシ氏とは反対側の、彼から見て左側の3番目に小さな女の子が立っているのを見つけた。生産牧場の娘さんだろうか?金髪の少女だった。彼はその少女に、
「おいで!」と声を掛け、自分の前に座らせた。
少女は彼に、
「ありがとうございます!夢みたいです!一生の宝物にします!」と、はにかんで言った。
レース後に異常を発した馬の命を救い、勝利を飾った馬に携わった少女に大切な思い出を残してあげた・・・彼のその行いは翌日のフランス紙にも大きく取り上げられ、彼のフランスでの騎乗最終日を見ようと、ドーヴィル近郊からは、数多くの観客が訪れ、本日のドーヴィル競馬場は、立錐の余地もないほどの超満員の観衆で埋まったのである。
名牝ムーランルージュの仔であるレザンドリーは、熱狂的なショーマニアの後押しを受けて、現在G1レース4連勝中のマイル最強馬サンヴァレリーを抑え、堂々の1番人気になっていた。
彼はいつものように、いつものルーティーンでレザンドリーの正面に立った。そして、瞳を見つめながら語りかけた。
「一緒に頑張ろうな!日本語わかるかな?」
彼は微笑んだ。
レザンドリーはじっと彼を見つめ、
「いつでもどうぞ!」と言ったかのように、その馬体を彼の横に向けて騎乗を促した。
観衆が驚きの声を挙げる。
まるで、彼女が彼に跪いたかのように感じたのであろうか?
その時、金髪の少女の瞳は彼だけを捉えていた。
彼と一緒に馬上にいるなんて、まるで夢の様だった。彼は今、レザンドリーに話しかけ、そして笑っていた。
何て言ったのかなあ?レザンドリーはきっと理解したんだわ。だって、横向きになって、
「どうぞ!」って言ったから。
彼女の真摯な眼差し。
隣で少女と手をつないでいた母親らしき女性が言った。
「エリー、そんなに緊張したら、お馬さんに伝わるわよ。笑顔でいなきゃ」
「うん!」母親を見上げながらエリーはにっこりと笑った。
「大丈夫よ!ちゃんとね、お守り馬券も買ってきたの!パパとママはね、お守り馬券で出会ったのよ!」
バックの中から財布を取り出し、パウチされているらしい1枚の紙片らしきものを取り出した。
「それなあに?」エリーはその紙片を受け取った。
少女は、にっこりと満面の笑みを浮かべた。
14頭がきれいなスタートを切った。
7番のレザンドリーも好スタートを切り先頭を伺う。しかし、2頭が外から猛ダッシュでハナを主張する。翔馬はがっちり手綱を抑えた。
森永師はこの2カ月間、とにかくハナには立たず、馬群の中で競馬をさせる為の調教を念入りに行っていた。翔馬も3日間の調教と追い切りで、その事を第一に意識していた。
前半はとにかくリラックスさせて、残り300メートルで爆発させる。とにかく、今は我慢の時だ。
彼女は落ち着いてゆったりと走っている様子だ。
800メートル通過、先頭までは7馬身。
前は少々ハイペースであると翔馬は読んだ。出番は、ある。
レザンドリーをぴったりマークするかの様に、サンヴァレリーが翔馬の真後ろで様子を伺っている。現在国際マイルG1レース4連勝中、爆発的な末脚を秘める馬。
残り400メートル。
直線、馬群がバラけて、各馬追い出し態勢に入る。サンヴァレリーがレザンドリーの左横にぴったりと付いた。先頭まで5馬身。まだ、まだだ。
ギリギリまで・・・サンヴァレリーが動いた瞬間を。
残り350メートル。
全馬が追い出しに入った。先頭まで4馬身、横一線。サンヴァレリーはまだ動かない。
翔馬もぴったりとサンヴァレリーに馬体を併せる。
残り300メートル。
サンヴァレリーが動いた。瞬間、ワンテンポ遅らせてから翔馬はアクションを起こした。
レザンドリーががっちりとハミを噛み、重心を下げ加速する。
残り200メートル。
サンヴァレリーが先頭を捉えた。わずかに遅れてレザンドリー。残り2頭の一騎打ち。
翔馬は夢中で追った。その背を追って・・・・・・。
「サンヴァレリー先頭!サンヴァレリー先頭!
しかし、来た来たやって来た!ショーマがやって来た!レザンドリー、あのムーランルージュの血を受け継いだ、誇り高き貴婦人がインを突いてやって来た!マジシャンショーマがやって来た!
残り100、一騎討ちだ‼︎
サンヴァレリー差し返す!レザンドリー頭1つ出たか?しかしサンヴァレリーまたも差し返す!
これが王者の意地だ!
サンヴァレリー突き放すか!サンヴァレリー!
しかし、しかしレザンドリー食い下がる!
並んだ!並んだ!
レザンドリー並んだ!
レザンドリー並んだ!
サンヴァレリー!
レザンドリー!
並んだ〜〜‼︎
ど、ど、どっちが先だあ〜〜〜⁉︎」
その瞬間、ドーヴィル競馬場はどよめきと、大興奮に包まれた。
ざわめきが静寂へと変わる。
誰もが固唾を飲んで、その結末を待っていた。
長い、長い時間だった。
やがて・・・・・・・・・決着が付いた。
観衆のどよめき、大歓声の波、波、波。
まるで、この大地が割れてしまう程の・・・。
大勢の報道陣が、彼を目指して駆け出して行った。
PS・・・次回配信は、6月28日水曜日午前8時です🐴🐴エリーが?
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