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彼女は夢を見ていた。
確かこの辺りは、海を見下ろすことのできる広大な牧場であったはずだ。
しかし、今、辺りは闇である。
その闇の中を、1頭の馬が大地の端へと歩みを進めていた。闇の中、歩みを止めないその馬に恐怖を抱き、彼女は手綱を引っぱった。
もがく彼女を全く意に介せずに、その馬は大地の終わりへと近づいていく。彼女は恐怖のあまり、目を開けることも、声を上げることもできなかった。
もうだめだ・・・彼女がそう思ったその瞬間、まさに生と死の境目のギリギリのところで、その馬は立ち止まった。そして、ぶるるんと鼻息を鳴らした。
彼女が恐る恐る目を開けると、そこには・・・無数の光があった。
いや・・・正確には、海に浮かぶ無数の光と言うべきか。
やがて、その光は空へと浮かび、まるで何万匹、何十万匹の蛍が発光しているかのような強烈な光となった。
彼女はその光を呆然と眺めていた。
やがて、彼女を乗せたその馬は、何歩か後ずさりをし、脚を折りたたみ彼女を大地へと降ろした。彼女は、その馬と目を合わせた。
その馬は、彼女がよく知っている馬だった。
とても大切な・・・縁を結んでくれた馬。
彼女はその顔を包み込み、優しく抱きしめた。
その白斑を、きれいな流星を、何度も、何度も、優しく撫でてあげた。
やがて、その馬は意を決したかのように、起き上がり、大地の終わりへと歩み出した。
彼女が悲痛な叫びを上げる。
その馬は振り返ることなく一点を目指す。その瞳に涙を浮かべながら・・・。
彼女との別れだった。そして・・・。
その馬は宙へと浮かび上がり、やがて無数の光の一部となってしまった。
夢は解けてしまった。
悲しみが満ちる。一筋の涙が零れ落ちた。
ムーランルージュが天国に召されてから、エリーは両親と同じ時刻に起き、仔馬の世話をするようになった。ミルクや飼葉を与え、優しく話しかけたり、歌を歌いながらブラッシングをしたり。毎日、毎日。
学校から帰宅すると、猛ダッシュで放牧地を走り回る仔馬に会いに行く。
彼女の姿を見つけると、仔馬も猛ダッシュで、それこそ牧柵に突っ込んでくるかの勢いで、彼女の前に姿を現す。まるで、彼女を母馬だと思っているかのように・・・。
「エリー・・・ムールーは小さなお骨になってお墓の中で眠っているけど、魂はね、永遠に生きるんだよ」
見送り会を終えたその日の夜、仔馬に寄り添っているエリーの頭を優しく撫でながらウッドが言った。
「タマシイ?」エリーは首を傾げた。
「魂はね、心の事だよ。ムールーは焼かれてお骨になったけれど、心は焼かれなかった。エリーもムールーとの思い出、たくさんあるだろ?」
「うん!ママの畑にニンジン取りに行って、2本ムールーにあげたらすごい喜んでくれたよ!あ、ママには内緒ね!」エリーは口元に人差し指を当てて笑った。
「シーッ」ウッドも人差し指を当てて笑った。
「エリーはムールーの事忘れないだろ?」
「うん!絶対に忘れないよ」
「その気持ちがね、魂だよ。エリーの心の中に残した、ムールーからの宝物だよ」
「うん、タカラモノ」
エリーは横でスヤスヤ眠る仔馬の背中を優しく撫でている。
「きっと、天国で思う存分走り回っているよ。それと・・・」
「たくさん面倒を見てくれてありがとうって言ってるよ」
張りつめていた緊張の糸がプツリと切れてしまったかのように、エリーの瞳から涙が溢れ出した。
幼い心の中に押さえ込んでいた悲しみが、ゆっくりと解けてゆく。と、彼女の横で眠る、その暖かい背中がピクリと動いた。仔馬は勢い良く、立ち上がり、ぶるるんと嘶きエリーの瞳を見つめた。
「エヘヘ、ごめんね。フェニックス」
エリーは仔馬の鼻面に頬を寄せて、その美しい白色のたてがみを優しく撫でた。
この日、フェニックスルージュと名付けられた仔馬は、母、ムーランルージュに永遠の別れを告げた。
その瞳は、澄んだ宝石のように輝き、未来だけを見つめていた。
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