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道
「この馬の良さを最大限に発揮できる乗り方をしなさい」
調教師は彼に指示を与えた。
彼は無言で頷き馬上の人となった。その背中は、夢と希望という名の光に満ち溢れていた。
「中田先生、将来有望な天才ジョッキーが弟子とは羨ましい限りですなぁ」
「冨士原先生、それはこちらのセリフですよ。見てくださいよ、あの馬に負担をかけないような理想的な騎乗フォーム・・・やはり父の遺伝ですかな!」
2人の調教師の視線の先には、夢と希望に満ち溢れている2人の若者の姿があった。
ここは、中山競馬場。
牡馬クラシック一冠目の皐月賞を始め、数々のG1レースが開催される大競馬場である。
本日の天候は晴れ、馬場状態は、芝、ダートともに良、ただし風がかなり強く、ダートコースでは、砂が舞い上がるほどの強風になってきている。
第3レース終了後に行われる、騎手候補生による競馬学校チャレンジシップ。いわゆる模擬レース・・・芝2000メートル8頭立て。
今ここに2人の決着をつける戦いが始まる。
ここまで4ヶ月に渡って行われた対決・・・今現在まで4勝4敗1分けであった。
2人は永遠のライバルである。
将来の競馬界を背負って立つ逸材の最終対決との評判もあり、ファンのみならず現役ジョッキーも興味津々の様子である。そんなことも露知らず、2人は舞いあがることなく落ち着いている様子だ。
翔馬は馬をキャンター(駈歩)に下ろした。
何せ気性が激しい馬と聞いていた。おまけに揉まれ弱い欠点も抱えており、枠は大外枠。かえって好都合かも。行くか、抑えて後からか・・・。しかし、まず、間違いなくあいつが主導権を握るだろう。
翔馬は決心した。
逃げ1本のこの馬・・・今日は大胆なレースをしよう!と。
未来も、馬をキャンターに下ろした。
軽快な走りだ。背中が柔らかい。まだ後駆が甘いけれど、スタートは抜群に早い。スタミナも、ある。1番枠を生かして、未来は行くと決める。何が何でもハナは譲らないつもりだ。
〝あとはあいつとの兼ね合い次第だな。まぁ、共倒れだけはしないように、しっかりとペースを刻んでレースを作ろう!頼むぜ。相棒!〟
未来は騎乗馬の首筋をポンと叩き、闘志を促した。
2人はこの時、同じ思いを抱いていた。
中山のこの舞台で行われるクラシックレース。
いつか、自分もその舞台へ!
2人の視線が絡み合い、そして、戦いが始まった。
レースは戦前の予想通り、未来が主導権を握った。1番枠から好発した未来は、追い風をも生かし、あっという間に先手を取り、2コーナー入口手前までに5馬身のリードを取った。
一方、翔馬は大外枠からスタートをワンテンポずらし、大外からインコースへと潜り込んだ。馬場状態はインもそこまでは荒れていない。しかし、とにかく風が強い。2コーナーからは向かい風だ。少しでも風による影響を避けようと、前に馬の壁を作った。
〝まずは、後方で脚を溜めよう。!〟
翔馬は前を行く未来だけを見つめていた。
〝アイツ・・・来なかったな。何となくそんな気もしたけどな。〟
未来がレースを作る。
彼の体内時計は、正確なラップを刻む。
前半1000メートル通過。64秒、スローペースだ。リードは5馬身、余力十分である。
向かい風が強い。未来は、ここで少しだけペースを緩めた。3コーナーまでに4馬身あれば、そこからは追い風。息遣いは良好。残るは坂だけだ。
未来は、正確なラップを刻み、淡々とレースを進める。そして、3コーナーを過ぎてからペースを上げて後続を引き離し、最終コーナーへと向かう。変幻自在の手綱さばきである。
〝アイツ・・・少々厄介だな。しかしスタートして誰か突つけば良かったのに。みんなニ世ジョッキーに遠慮してるのかなあ?いや、俺が突つくと思って共倒れを狙ったな!〟
翔馬は前方の馬群に注意を払いながらも、正確にラップを刻んでいく。相棒は気分よく風を切り走っているようだ。まもなく3コーナーを迎える。
〝さて・・・そろそろだな〟
翔馬は大胆不敵にも3コーナーの入り口手前で、相棒に合図を送った。
最後方から1頭、また1頭パスし中段まで押し上げる。
最終コーナーを回った。前を行く未来との差は4馬身。直線310メートル、勝負の始まりだ。
未来は相棒を最内に導く。
ラチに頼る癖のある馬にとって、最内枠は有り難かった。まだまだスタミナは残っていそうだ。
「さあ、行くぞ!」
相棒に闘志を促すかのように、ステッキを1発入れた。
〝この子、坂路でなかなかのタイム出したって言ってたな。道中にたっぷり余力を残したはずだから、坂、いけるだろう!〟
「よし、行くぞ!」
翔馬は馬場の真ん中へ相棒を導いた。
開けた視界の中を豪快に伸びる翔馬。
I頭パス、またI頭を抜き去り、残るはただ1頭。ゴール前180メートルから110メートル続く、高低差2.2メートルの心臓破りの坂を2頭が駆け上がる。差は2馬身。2人は懸命にステッキを入れる。徐々に差が詰まっていく。
残り100メートル、1馬身。
最内の未来へ、翔馬が馬体を併せに行った。
残り50メートル、半馬身。どよめきが起こる。
「来やがったか!」未来。
「負けるな!」翔馬。
ゴールは目前。そして、激しい戦いの末、2頭がほぼ同時に、ゴールを駆け抜けた。大歓声が湧き上がった。
2人の決着は写真判定に委ねられた。
「ギリギリ残せたかと思ったけどなぁ・・・」
「よし差したと思ったけど・・・」
神様の粋な計らいか、はたまた気まぐれか・・・きっと決着はまだ先なのだろう。長い写真判定の末、着順掲示板には、 〝同着〟と表示され、やがて着順が確定した。
候補生による手に汗握るデッドヒートに、中山競馬場に訪れた観客からたくさんの温かい拍手と声援が送られた。
「まぁ、模擬レース最終戦で同着なんて俺ららしいよな」未来。
「まぁ・・・そうだな」翔馬。
モニタールームで映像を確認していた2人に、先輩ジョッキーが次々に声をかけてきた。
「ナイスエスコート!」
「ナイスファイト!」
「ありがとうございます」2人は頭を下げた。
なんだか恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。
2人は決して満足してはいない。今日の騎乗に反省すべき点はたくさんあるのだ。無駄に馬に負担をかけさせてしまった。もっともっと、腕を磨かなければ、本物の騎手にはなれないのだから。
2人は互いに顔を見合わせて、そして頷いた。
『一足早い皐月賞!』
2人の真剣勝負は、翌日のスポーツ新聞の競馬面にデカデカと掲載され、未来と翔馬は宿命のライバルとして紹介されていた。
当日、騎手課程生徒7名に新規騎手免許が交付され、翔馬は汗と涙の詰まった競馬学校騎手課程を卒業した。
重ね続けた日々、それこそが明日を信じさせてくれるだろう。
競馬で、様々な人と出会い、競馬で知らないことを知る。
競馬で、様々な場所に行き、そして、世界の広さを知る。
夢追う眼差しが見つめるその先には、一体どんな光景が広がっているのだろうか。
大空翔馬の物語は、今始まったばかりだ。
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