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正直に言えば、俺はもうぜんぜん大丈夫な状況ではなかった。
このようにどこまでも美しい桜の花に囲まれていても、その絶景に酔いしれて感嘆の声を漏らしたり、また、周りの仲間達の如く浮かれ騒いで愉しむようなことも今の俺にはできない……。
なぜならば、今、目の前で満開の花を咲かせている桜の樹一本々〃の下には、人間の屍体が埋まっているのだから。
桜の樹の下には屍体が埋まっている……それは、梶井基次郎が小説『桜の樹の下には』の中で、その花の美しさを説明するために主人公に言わしめた台詞だ。
この一種神秘的な雰囲気を撒き散らす、灼熱した生殖の幻惑させる後光のような美しさを前にすると、反対に憂鬱で空虚な気持ちに取り憑かれてしまう主人公は心の均衡を保つため、「樹の下で腐乱した屍体から滴る水晶のような液を吸い上げ、桜はその美しい花弁や蕊を作っているのだ」と幻想した。
そうして桜の根が貪婪な蛸のように遺体を抱きかかえ、吸い上げた水晶の液が静かに維管束をあがってゆく様を幻視することで、主人公はその神秘的な美しさが齎らす不安より解放されたのだ。
即ち、それはあくまでも主人公の個人的妄想であり、形容し難き桜の美しさを文章で語るための、文豪・梶井基次郎が生み出した文学的比喩表現なのである。
……だが、俺の言う「桜の樹の下には屍体が埋まっている」という言葉は、そんな高尚な文学的表現などではない。
本当に、読んで字の如く、マジでここの桜の樹の下には屍体が埋まっているのだ!
……いや、埋まっていたと過去形で表す方がより正確か……。
なぜそんなことが言い切れるのかって?
理由は明白。なぜならば、俺には視えるからだ。
ほぼすべての桜の樹一本々〃の根本には、半分肉が腐って骸骨と化した、無惨な鎧武者達が根っこに抱かれて佇んでいる……遥か昔、ここの山城では激しい籠城戦が行われたと伝わっているし、おそらくその戦で命を落とした将兵達の屍体なのであろう。
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