マジで桜の樹の下には

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 そう……いわゆる〝霊視〟というやつだ。  それが幽霊と呼ばれる存在なのか? それとも土地に記憶された残留思念なのかはよく知らないが、とにかく俺にはそんな〝この世ならざるもの〟が視える特異体質が生まれつき備わっていたらしい。  その体質のせいで、これまでにも普通の人間ならば味あわなくてもいいような嫌な思いを、どれだけの回数させられてきたことか……。 「よーし! そんじゃそろそろカラオケでも始めるとするか! 最初は誰からいく?」 「はい! んじゃあ、俺から盛り上がるやつをいっちょいきます!」  だが、同僚達は宴たけなわにさらなる盛り上がりをみせると、ハンディ・カラオケ片手に歌まで唄いだす、なんともたいそうな浮かっぷりだ。  ……いや、同僚達ばかりではない。周りに目を向ければ、同様に花見へ来たグループが幾つもレジャーシートを広げ、いい感じに酔っ払って大騒ぎをしている。  この半分白骨化した屍体が溢れる地獄絵図の中で、酒を酔いしれ浮かれ騒ぐなど正気の沙汰とは思えない……しかし、彼らはただただ満開の美しい桜の花の下で、この時期に皆が行う平凡な酒宴に興じているだけなのだろう。  その美しく目に映る淡いピンク色の花弁が、たっぷり屍体の養分を吸ってつけられたものだとは知る由もないのだ。  俺の視ている世界と、同僚達の見ている世界とではまるでその景色が違うのである……。  このなんともいえない綺麗なピンク色も屍体の色づけたものだとすれば、ここの山に植わっているものばかりでなく、他の桜もすべてそうなのではないかとさえ思えてきてしまう……なんだか桜という存在自体、嫌いになってしまいそうだ。  少なくともこの城山に植わっている桜の花を愛でることは、今後もう二度とできないであろう。  そればかりか桜の花を見る度に、この大量に屍体の横たわった春の情景が、己の意志に反して脳裏に浮かんで来てしまうに違いない。 「いいぞー! いけいけーっ!」 「アハハハハハ…!」  俺の眼には屍体の山にしか視えない不気味な()を背景にして、同僚達は愉しげに笑顔を浮かべると、和気藹々(わきあいあい)、陽気な笑い声を春の野に響かせている……。  美しい桜と愉しげな同僚達に相対するかの如く、その足元に(たむろ)する朽ちかけた鎧姿の骸骨達……ただ気色の悪い屍体だけの景色よりも、そのアンバランスな組み合わせがむしろ余計に(おぞ)ましい。
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