市ノ瀬咲乃はグイグイ来る

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市ノ瀬咲乃はグイグイ来る

 春。  それは誰もが新たな出会いに心を踊らせる時期。  そして、将来の事を漠然にだが考え始める時期。  不安と期待に身を寄せ、浮き足立つ季節だ。  特に高校二年生ともなると尚更である。  なにしろ来年は進学か就職かを選ばなければならない時期だからだ。  いつまでも浮わついた気持ちじゃいられない。  のだが、どうやら隣の席の女子。  市ノ瀬咲乃は別の事で浮き足立っているみたいだ。 「佐藤くん! 準備出来たんよ!  どれでも良いから引いてみてくれん!? ちなみにうちのオススメは、このカードなんよ!」  何故授業中だと言うのに、彼女は占いを始めたのだろう。  占いだというのにカードを選ばせるこの姿勢はなんなのだろう。  相変わらず変な子だ。 「じゃあ……こっちで」 「違うんよ、佐藤くん。 今そういうの要らんけん。 そういう時間じゃないけん。 はよこれ引きんしゃい」  最早こちらには選択の余地はないようだ。  占いなのに。 「…………」  俺は渋々、市ノ瀬さんの提示したカードを引く。  そのカードにはこう記されていた。 「……5?」 「や……やっぱりうちと佐藤くんって似た者同士なんやね! うちのも5なんよ! 偶然にも! ……偶然にも!」  選ばされたんだから当然の結果なんだよなぁ。   「凄い偶然だね…………ちなみに同じだと何か意味があるの?」 「え……!? あ……えっとぉ、それは…………うちの口からは言えないんよ」  えぇ……占いでこんな事ある?  まさか結果を教えてもらえないとは。 「なにやっとんの、咲乃ちゃん! そこは攻めんとあかんとこやんかあっ!」  これには、恐らく推し進めたであろう市ノ瀬の友人も憤りが隠せないようで、机に突っ伏して髪の毛をガシガシしている。 「言えないってなんで?」 「言えないったら言えないんよ。 数字が近いほど相性バッチリとは言えないんよ」  言ってるのよもう。 「ふぅん。 じゃあつまりこの占いによると、俺と市ノ瀬さんは相性良いって事になるのかな」 「…………ハッ!」  自分のミスにやっと気づいてくれたようだ。  市ノ瀬さんは耳まで真っ赤にして、うつ向いてしまった。  よし、この流れは良いぞ。  今までこっちから告白しても、いつも変に勘違いされて、まともに成功しないからな。  けどこの流れなら間違いなく通じるはず。  今しかない。 「あはは、ただの占いとはいえちょっと恥ずかしいね。 でも、嫌じゃないかな。 だって俺は市ノ瀬さんの事が、半年前からずっと……」 「ちょお待って、佐藤くん。 ただの占いってなんなん? うちはこの占いに本気で挑んどるんよ? なのに笑うのはどうかと思う」  告白しようとした刹那。  市ノ瀬さんがムッとした可愛らしい顔で怒ってきた。  まさかこれでも通じないとは思わず、面食らってしまう。  聞いていた周囲の生徒も、肩で笑う始末。  お友達も流石に看過出来ないのか、市ノ瀬さんにめっちゃメッセージ飛ばしてる。  市ノ瀬さんの携帯が、すんごいポコンポコン鳴っててちょっとうるさい。  そんな中、俺は諦めの笑顔で、市ノ瀬さんに──── 「ごめんね」 「わかってくれればそれでええんよ」  こんなやり取りを始めておよそ半年。  主に市ノ瀬さんのせいで、俺達は未だに先へと進めずにいる。
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