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 ——四月。  学校の正門をくぐった先で、満開の桜が順々に散っていた。一年前入学したての頃に比べると随分と慣れた並木道だけれど、改めて花が咲くさまにはきっと何度でも驚いてしまう。 「今年も綺麗に咲いたな、とも」  薄桃色の絨毯を楽しそうに踏みしめながら春人(はると)がいうのを私は照れくさく聞いている。春人は身内意外で唯一、私が“花添え”だと知っていた。  花添(はなぞえ)は私自身の苗字でもある。この家系に生まれたあなたは花さか爺さんの末裔なんですよ、なんて聞かされて育った私は実際、桜を咲かせることができた。親兄弟にこんなちからはなかったけど伯母にはこの超能力が備わっていて、おそらくこの家系の中でも稀にしか開花しない能力なのだろうと彼女は教えてくれた。 「いつも思うんだけど、咲かすときって何考えてるの?」 「な、なんにも。勝手に咲くんだもん」 「でも伯母さんの話だと、花添えの力は感情に左右されるんだろ? アレじゃない? 新しいクラス楽しみ〜、とか」 「……そうかも?」とりあえずそういうことにしておこうかな。  もちろん私自身はこの桜がどういった由来で咲き誇っているのか知っている。といってもこれも伯母が知らせてくれたのだけれど——この街の桜がこんなに綺麗に咲くのは、私が春人に恋をしているせいなのだそうだ。だから毎年爛漫に咲く花々に自分で驚いてしまうし、気恥ずかしくて桜のことはよそよそしく見ていたい気持ちがある。恋心も、春人にはないしょだ。  幼少期からひとつずつ数えるようにして、大切に時間を重ねてきた。そのことが実感できる春が私にとってすべてだったから。  ざ、と香りの篤い春風が吹き抜けて花びらを舞い上げる。咄嗟に目を瞑った私が次に見たものは一人の女子生徒だった。  私より背の低い彼女は、その愛らしい顔立ちでときめくように桜の花々を見上げていた。やがてこちらの視線に気付いて振り返る、ツインテールが風に遊ぶ。真っ直ぐに私たちを見た彼女は、どうしてかふいに表情を和ませた。 「リボンの色が一緒ってことは、同じ学年?」  声も夢のように透き通っていて綺麗。呆気に取られてしまって返事が遅れたのを慌てて取り繕うように自分のリボンの端を摘む。「う、うん。二年生」 「よかった、わたし、転入生なの。一緒に行ってもいい?」安堵の笑顔もまたこの季節を象るようだ。いちいち面食らってしまうくらい可愛い。 「もちろん、ね、春人」 「お、おう。あ、俺は天宮(あまみや)春人」 「私、花添とも。よろしくね」 「えへへ、よろしく! ……それにしても、この学校は桜が綺麗だねえ」  頬を上気させた彼女は改めて校庭の木々を見渡した。そのままくるくるとステップを踏むように回りだす。いまにも歌いだしそうなほど、彼女はこの景色が本当にうれしいみたいだった。  あのね、桜はわたしの花なの。  花吹雪の中で彼女はそう言った。そんなことはなかったはずなのに、この花々を咲かせたのは彼女を迎えるためだったかもしれないと思えてしまうほど麗しい情景だった。  彼女、城崎(きのさき)(さくら)は私と春人と同じクラスに配属されていた。この可憐な転入生は何か困りごとがあると私たちを頼ってくれたので、私たちも満更でもないような気持ちで浮き足立ちながらそれに応え、徐々に仲を深めていった……のだけれど。同時に私はひとり、密かに焦ってもいた。こんなに可愛い子と仲良くなってしまって、春人は彼女を好きになってしまうんじゃないか、と。  実際、私たちは三人で過ごすことが多くなった。春人がサクラに対してとても好意的に接しているのも感じていて、焦りは増してしまう。そこに特別な感情なんてないのだとしたら嫉妬心なんて杞憂でしかないけれど、それでも、私にとっては予感として十分な、決定的な出来事がひとつあった。 「とも、桜を咲かせているひとだっていうのはほんとうっ?」  私の制服の裾にすがって語調を躍らせるサクラ。元々きらめく水晶のような瞳を一層きらきらとさせて幼子のように興奮する彼女への反応に困り、視線を春人に移す。「……しゃべったの?」「ごめん。でも、サクラにならいいだろ?」  謝ってはいるけど全然悪いと思ってない口ぶりだ。そのことに、私は言葉を失ってしまった。花添えのちからのことは春人だから、春人にだけ、教えたのに。 「四月の桜も、ともが咲かせてくれてたんだ……」 「すごいよな。毎年この街の桜はとものお陰でどこよりも綺麗だよ。丘の公園の木が一番大きくて……次の春は三人で見に行こうよ!」 「うん! とも、サクラね、この街の桜大好きだよ! 来年も楽しみにしてるね」  私の手をとって、満開の笑みでサクラは言った。この心の複雑をなんて言ったらいいかわからなくて、無理やり笑顔の中に押し込んで、「がんばるね」とだけ返す。どこよりも綺麗だと言ってくれた春人の言葉がそのときの唯一の救いだった。  だけどその言葉が特別に思えるのは私だけだったのかもしれない。夏が過ぎ、秋を超えて、冬が明けるころには、予感のとおり春人はサクラに恋をしていた。
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