花の浮橋がかかる頃に

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 「見て!さくら!」  「これは桜でも花弁が多いタイプだね」  「見て!つつじ!」  「もうつぼみが……」  「見て!ありさん!」  「行列で進んでるな」  「見て!」「おお」「見て!」「うん」「見て!」「へぇ」「見て!」「ああ……」  「見て!はと!」  「そうだね……ぜぇぜぇ……でもちょっと待って……パパもう限界かも……」  見て!を追いかけて、随分と歩き回った。運動不足の僕の足はとっくに疲労を感じていて、いつの間に見えなくなってしまったレジャーシートまで戻ることですら億劫に思いかけていた。  「パパ……」  「はぁはぁ……どうした?」  「みて」  急に娘が静かになった。気になって足元への視線をあげると、娘は橋の欄干に手をかけてじっと下を見つめていた。  「おお……!」  そこは公園の中に流れる疑似的な川のような場所だった。そして美しい薄桜の水面が広がっていた。この綺麗な風景に衝撃を受けたのか、娘の声はだんだん小さく……  「…………レッドカーペットだ!パパ、レッドカーペット!見て!レッドカーペット!」 なりはしなかった。ただ感情の持って行き所が分からなかっただけらしい。先程の何倍も大きな声で見て!見て!と繰り返す。  「きれー……」  うっとりとした声で目を瞑っている。大方レッドカーペットを歩く自分の姿を夢想しているのだろう。女優さんになりたい、それが娘の夢だ。  きっかけは、多分僕の映画鑑賞に付き合っているからだ。面白いんだかつまらないんだかは分からないが、僕がリビングで映画を観ていると時折ちょこんと隣に座り、食い入るように画面を見ていることがある。そして誰か役者が気に入ると、「私、○○(大抵、鑑賞した映画の主演の役者名)みたいなスターになるの!」とご機嫌に宣言してくる。映画を一緒に観る度にコロコロと変わるから、同じ役者さんの名前を数カ月おきに言ったりする。そして妻に「それ、前も言ってた人じゃなかったぁ?」とからかわれるのまでがセットだ。  「レッドというより、ピンク……いや、チェリーブロッサムカーペットじゃない?」  「いいの!パシャパシャカメラで撮ってもらうんだから!ロバートと腕を組んで~♪」  ロバートとは前回、観たミュージカル映画の主人公の相棒役を務めていたアメリカの俳優だ。娘は最近このロバートにお熱らしい。  「叶うといいね、その歌」  「ママもパパも、ばかにしてるでしょ!」  「してないさ、してない。ちゃんと、叶うといいなって思ってるよ」  「もーーー!こうなったら~ぜぇぇぇったい~叶えるわ~~~♪」  ママにも見せてあげなきゃ、と歌いながら軽やかに戻る愛らしい背中をずっと見つめていた。  その夢が叶いますように、と、本当に、大事に思いながら。
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