花の浮橋がかかる頃に

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◇◇◇  「ま、まって!まってってば……!」  「ぱぁぱぁーーー!はやく、はやく!」  どこにそんな力があるのだろうか、と不思議になるくらい、自分よりも一回りも二回りも大きな僕の右手をぐいぐいと引っ張っていく。  妻は微笑んでいた。その顔すらもすぐに遠ざかっていく。  やがて芝のところどころ剥げた広場に辿り着くと、あんなに執着していた僕の手をパッと放して、「きゃー!」と嬉しそうに叫びながら風に舞う花びらを追いかけ始めた。  「元気ねぇ」  「誰に似たんだか」  「ええー?女の子はパパに似るって言わない?」  「でもあんなにテンション上がって子供みたいにはしゃぐ姿は明らかに君にそっ......」  「こらっ」  軽く叩かれて小気味良い音が鳴る。声は怒っているけど、口元が緩んでいるのが丸見えだ。  「ママー!パパー!」  くるくると回る。全身で、僕たちに「見て!」と言っている。  そんな愛らしい娘の元に僕たちは小走りに向かった。左手にはレジャーシートにお弁当箱。中身は娘と僕と妻の好物を詰め込んでいる。これが幸せの重みだった。  近所にある桜がいっぱいの大きな公園でお花見をしようと言い出したのは妻だった。仕事でも趣味の映画鑑賞でも画面に齧りつきで出不精の僕は、最初は眉根を寄せたが、愛している四つの瞳があれだけ輝いていては頷く以外なかった。  「どう?たまには外に出るのもいいでしょ?」  「ああ......うん。いいな。」  「じゃあ、その疲れましたって顔はなによ?」  分かっているだろうに、妻は笑い声を隠そうともせず聞いてくる。  「次あっち!あっち行く!」  「おてんばお姫様のお相手は大変なんですよ......」  「はいはい、頑張ってね」  「ぱぁぱぁ!」  「ちょっとお待ちくださいよっと」  スニーカーを突っ掛けて、履き慣らしながら娘の手を握った。
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