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桜なんて嫌いだ
僕は桜が好きだった。
特に開花から花吹雪となって散っていく姿が、とても綺麗でずっと見ていられるほどだった。
しかし今は、桜を見ると悲しくなるくらい嫌いだ。
冬の寒さが少しずつ和らぎ、春の温かさを感じる。
春の花たちが芽を出し咲いてきて、春がきたと実感する。
その中には、あの『桜』も咲いている。
春の風物詩の代表だ。
僕は大学生の時から桜が嫌いだ。
あの記憶が蘇ってくる。
僕が高校生の春の時だ。
登校初日の下校途中に緊張で疲れた時、通学路の側に1本の大きな桜の木を見つけた。
その桜の木の側で腰掛け、少し休憩をした。
すると、そこに20代前半の髪を1つに結んだ優美な女性が僕に声を掛けてきた。
「顔色が悪そうですが大丈夫ですか? 」
「心配をお掛けしてすみません。休憩すれば大丈夫です」
「そうですか……。心配なので、君が良くなるまで一緒にいるね」
そう言うと彼女は僕の隣に腰掛けた。
最初はお互い黙っていたが、ずっとこのままでいるのもどうしたものかと思ったので他愛もない話をした。
お互い桜が好きだったり、学生だったりと共通点なところが沢山あると知った。
僕は良くなり、彼女にはお礼を言い別れた。
『もう会うことはないだろう……』と思っていたが、その日から下校途中で彼女とはよく会うようになった。
しかも初めて会った時は偶然ではなく、彼女も同じ時間帯に下校するらしい。
それから僕達は何度か会ううちに仲良くなった。
そして、いつの間にか彼女に一目惚れしていた僕は『彼女とのこんな時間が長く続ければ良いのに』と思った。
しかし、その願いは突然終わりを告げ虚しく散ってしまった。
彼女とその家族が引っ越しをするからだ。
遠い町に引っ越すそうだ。
引っ越し前日の夕方、僕は彼女に呼び出された。
場所は僕達が初めて出会った『あの場所』だ。
大きな桜の木のところ。
「急に呼び出してごめんなさい」
「それは構わないけど……どうしたの? 」
「実は君に伝えておきたいことがあるの」
「伝えたいことって? 」
「桜の花言葉って知ってる?花言葉は沢山あるけど『私を忘れないで』『優美な女性』『淡白』などがあるの」
「うん」
「もう知ってるとおり、私はここから遠い町に引っ越す。君には会えない……。だから君には、離れていても『私を忘れないで』ほしい。必ず私だけでも、ここに戻るから!ずっと忘れないでね!私も忘れない! 」
「そんなことのために……。ありがとう。勿論、僕だって忘れないよ。」
本当にありがとう。
約束だ。
そして翌日、彼女は引っ越していった。
数年後の春。
僕は天気が良かったので散歩に行くことにした。
すると、とても驚く出来事に遭った。
彼女を見かけたのだ。
本当に彼女は戻ってきたのだ。
僕は嬉しくて声を掛けた。
しかし、その嬉しさは彼女の態度で消えていった。
とても淡白な人になっていた。
僕は怖くて挨拶のあと続きが話せず、すぐに別れた。
それからの僕は彼女に話し掛けずにいた。
勿論、彼女に何があったのかはとてもじゃないが聞けない。
ただ1つ思ったことがある。
『あの頃の僕達には戻れない』ということだ。
お互い話せずにいる状態が数年経った。
あれから僕は社会人になり、生まれ育った町を出ていた。
今、彼女はどうしているのかは知らないし分からない。
ただ、今でも彼女が言っていた言葉は思い出す。
『私を忘れないで』と。
散歩中に風が吹いた。
ふと視界に風でなびく桜の木が見えてしまった。
まるで彼女から言われた言葉『私を忘れないで』とまた年を越えて僕に伝えているようだ。
あの頃の彼女なんて、もう戻らないんだ。
なのに思い出してしまう。
あぁ……桜なんて嫌いだ。
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