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エピソード1:見えざる矢が死を司る-3
「一人目は、トマス・レングストン。被害者のお隣さんで、やはり農業を営む。マクローナルとは、かつて土地を巡って揉めた。裁判所の判断で、金で決着するも、レングストンは不満を持っていたようだ」
「レングストンなら知っています。骨折やら打ち身やらで、何度か来たっけ。気むずかしいところはあるが、金離れがいい。割とお金持ちみたいで、魔法病院を気軽に利用してくれるお得意さんですよ」
「酒癖は悪かったみたいですな。事件当夜はずっと家に一人でいたが、酒を飲んでいたので、怪しい物音一つ聞いた覚えがないと言っている。
もう一人は、カルソール・ネブリという男で、元配達員。マクローナル家への荷物を乱暴に扱い、三度、店に苦情を入れられた末にやめさせられている。えっと、事件の約四ヶ月前のことになりますな」
手帳を見ながら計算をしたらしいスペンサー刑事。
「レングストンにしろネブリにしろ、今度の事件が起きるまでに、マクローナル家へ何らかの行動を起こしていませんか」
「レングストンは隣人だけあって、時折顔を合わせるから、たまに嫌味の一つでも言っていたようですが、レングストン本人に言わせるとお互い様だった、と」
「彼の骨折や打ち身は、ビンス・マクローナルとの喧嘩で負ったものじゃないようですね」
「ネブリの方は、仕事を失った直後と、それから少し経ってもう一度、文句を言いにマクローナル家を訪れています。逆恨みからの行動ですが、二度とも、大きな騒ぎにはなってない」
「ネブリの今の仕事は?」
「定まった職はなし。短期の仕事で凌いでいると本人は述べています。狭い村だから、不真面目な仕事ぶりなんて噂が広まると、次に定職を見付けるのは難しい」
「この二人、何か魔法は使えますか? ああ、あとビンスの奥さんについても、さっきの話からすると使えるみたいですね」
「おいおい、ウィングル先生」
スペンサー刑事は座ったまま、両腕を大きく広げた。椅子が軋む。
「現場の家から事件に関係ありそうな魔法痕は、ジュニアの遠隔操作のやつ以外、見付かっていないんですがね? しっかりしてくれないと困るな」
「念のためですよ。当然、調べているんでしょう、優秀な刑事さんは」
「ふん。レングストンは水脈を見付ける魔法が使えるそうだが、極めて弱い。仮に見付けたとしても、穴を掘る労力やら何やらが必要だから、大規模な干ばつでも来ない限り、有り難みは薄いな。
ネブリは何もない。魔法の一つもできれば、職にありつける可能性も高まろうってもんだが。
奥さんのシリルは、主婦業向きの魔法が使える。料理を作ったあと、思い通りの時刻に、食べ頃に温めることができるんだと。御札に書く必要があるらしいが」
「それはいいですね。ジュニアの魔法医としての素質は、母親譲りなのかな。ちなみに亡くなったマクローナルさんは、魔法は?」
「さすがに事件とは無関係だと思うが……。魔法一家ですよ。ビンス・マクローナルは、壊れた物を元通りにできたと聞いています。修復魔法ですな」
「おお、それは素晴らしい。農家にしておくのは勿体ないぐらいだ」
「ただし、一年に一度しか発動できなかったそうです。他にも色々と制約があって、破損した部分が焼失や溶解などしてしまうと、直せない可能性が非常に高くなるとか、対象とする物体の大きさはせいぜい両腕で抱えられる程度までとか」
「ははあ。じゃあ、商売にはなりそうもない」
「確かに。ああ、これも言っておかないと、先生にまた叱られるかもしれませんな。念のため、一応ってやつになりますが」
「何です? 気を持たせますね」
「現場から反応があった魔法痕は、ジュニアの遠隔操作だけだと言いましたが、厳密には違いまして」
「あっ、最前ちらっと触れた、日常的に使われていた魔法の痕ですね」
「はい。まずは当たり前に過ぎるんですが奥さんによるものと思しき、一日前の調理魔法の痕があった。さらに、被害者が修復魔法を行使した痕跡もありました。前者は当日使っていないことから、時間帯から言って事件とはまず無関係でしょう。修復魔法の方は死の三十分ほど前から死ぬ直前までに使ったのが最新かつ最後らしいんですが……まあ、関係ないでしょう。被害者が自殺する理由は見付かっていませんし、被害者の魔法が犯行につながるはずがない」
「いやいや、興味深いですよ」
話を書きとめ、今記述したばかりの箇所を鉛筆の尻でとんとんと叩くウィングル。
「何を修復したのか、気になりますね」
ウィングルが関心を寄せるのへ、スペンサーは想像を述べた。
「不明ですが、ひょっとしたら自分自身を治そうとしたんでは? 切り裂かれた腹を元に戻そうとして、虫の息で魔法を掛けた」
「それは僕の使える治癒魔法の領分ですよ。修復魔法は、無生物にのみ効果がある」
「だめで元々、せめて止血になればとやってみたのかもしれん。何せ、瀕死の状態なんですよ。どんなことでも試すでしょう」
「人の心理として大いにありそうですが……。他に修復を施したらしき物体は、見付かってないんですか」
「先生、自分で言った窓ガラスを直して作る密室に拘っていやしません? 生憎、修復魔法が使われたのは、窓辺ではなく、被害者の遺体周辺に限定されているんで、先生の推測は外れ」
「ううん、だめか。被害者自身が犯人を庇うために、現場を密室にした可能性を考えてみたのですが」
「庇うってことは、奥さんが犯人だと想定してる?」
「決め付けちゃいませんよ。犯人を先に仮定するのは難しそうなので、密室を作る方法を解き明かすことで、犯人像に迫ろうとはしていますが」
「率直に伺いますが、ジュニアが犯人である目は、いかほどとお考えですかな」
「さあて? 確率のように数字で表せるものじゃないからなあ」
鉛筆を置き、左右の五指を組み合わせて考えるウィングル。スペンサー刑事は唇を湿らせながら言った。
「ウィングル先生。喉、乾きませんか? 喋りすぎたようで」
「フェイド君の帰りを待てない? 不味くてよければ、ティーバックの紅茶がありますが」
答えてから時計を見たウィングル。看護婦のフェイドが外出してから、まだ四十分と経っていない。いつものペースから推して、この倍は要するだろう。
「かまいやしません。ああ、自分でやります」
腰を上げかけたウィングルを制し、刑事は勝手知ったる診療所内を移動する。さして広くないため、会話は問題なく続けられた。
「勤務中でなければ、ブランデーを垂らすことをお勧めするのですがね」
「言わんでください。誘惑に負けそうになる。――大事に飲んでおられますな」
ブランデーの瓶に視線をやったのか、スペンサー刑事が聞いてきた。
「以前見たときと、量がほとんど変わっていない」
「新しいのを開けたとは考えないんですね、スペンサー刑事」
「おや。そうでしたか。儲かったので新しく買えたと」
「いえ。ここしばらく、飲んでいません」
自嘲し、認めたウィングル。スペンサー刑事は流し台の前で肩を大きくすくめた。
「瓶で思い出しましたが」
カップの中でティーバックをちゃぷちゃぷさせながら、刑事が戻ってきた。こぼれそうなところを、口を持って行き、息で冷ましつつ飲む。
「現場にあったブランデー瓶を見て、シリルが首を傾げたんですよ。『あまり飲まなかったのかしら』と」
「……つまり、いつもに比べると、飲んだ量が少ないように思えたんですね、奥さんは」
「ええ。旦那の健康を当人以上に気遣っていて、酒の量をチェックしていたとか。目分量だから、当てにはなりませんがね。そもそも、ビンス・マクローナルは飲む前か、飲んでいる途中に殺されたのかもしれない」
「グラスはどうでした」
「え?」
手にしたカップを見つめる刑事。ウィングルは微苦笑を浮かべた。
「マクローナルが使っていたグラスのことですよ。現場にあったんでは?」
「ああ、ありましたよ、机の上に。飲み干してから時間が経過したせいか、乾いてましたね。酒で濡れた感じがなかった」
「……飲んでいない可能性はあります?」
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