《201》

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 どんな強風に煽られようとびくともしない、巨岩のような存在。秀秋が思い描き続けてきた理想の君主像が眼前にある。私は殿下の後継者だったのだ。内心で言ってみると悔しさが込み上げてきた。秀頼が誕生したがために秀秋は豊臣家を逐われた。秀頼などに何の才覚があるというのだ。奥歯が音を立てる。秀吉の実子であるという事以外、秀頼が豊臣政権の頂に座している理由は何一つない。 「私なら」覚えず声を発した。秀秋は慌てて口をつぐむ。家康は茫洋とした眼差しを秀秋に向けている。私なら、三成の傀儡になったりはせぬ。内心で言った。秀吉殿下の時代よりも隆盛な豊臣政権を造り上げてみせる。 「摂津の水です」 本多正信の声が横から聞こえてきた。顔を振り向けると湯呑みを持った正信の手がすぐ傍にあった。 「残念ながら酒は出せませんが、少し口を湿らせた方がよい。すごい汗をかいておられる」  秀秋は下着まで汗で濡れていた。ずっと前からこうだ。異常な脂汗が全身から吹き出してくるようになっている。医者の話によれば肝の臓が石のように硬くなっているらしい。原因は酒だ。今のまま酒を呑み続けたら20歳を待たずに死ぬだろうと、医者は憤ったような物言いで言った。そんな言葉を聞いても酒をやめる事はもちろん、控えようという気持ちすら秀秋は抱かなかった。齢10の頃から呑み続けているのだ。半刻(約1時間)、酒から離れると手が震えてくる。  秀秋は水が入った湯呑みを受け取り、一気に飲み干した。これは酒ではないではないか。こんな味気ないものではなく、酒を流し込んでこい。そんな声が耳の奥で聞こえている。 「今の豊臣政権は歪な形だな」 ぽつりと家康が漏らした。 「そうは思わぬか、秀秋殿」
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