《214》

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◆◆◆  大垣城評定の間に島清興の怒号が響き渡った。報告に来た世鬼の忍が身を硬くするのが石田三成にはよくわかった。清興が立ち上がり、大股で前に出ていく。 「今ごろになってから、何を報告してきている」 再びの怒号。清興が世鬼の忍を張り倒した。板が抜けてしまうのではないかと心配になるほど激しく、忍が床に叩きつけられた。 「そう激昂しても仕方ありますまい」 冷静な声で言ったのは大谷吉継だった。 「遅い」 清興が叫ぶ。 「貴様ら、腐っても世鬼だろう。もっと情報の回りを早くしろ」  忍は口の中が切れたのか、両手で口許を覆っている。頭領である世鬼政時の死亡以後、世鬼一族の衰退は顕著だった。状況報告が一拍二拍、必ず遅れるのだ。清興が忍を引き起こし、また顔を張った。忍の口から黒い滴が飛び散った。三成は忍に同情しつつも、報告が遅れた事に少なからず怒りを覚えていた。暗くなった頃、家康は岡山を下った。深夜に近い今の刻、徳川軍のほとんどはここから西に四里(約16キロメートル)行った関ヶ原に布陣している。徳川軍は大垣城を迂回し、大坂を狙う構えだと世鬼は報告した。  外は濃霧に包まれている。そのせいで、誰も今の今まで徳川軍の動きに気づく事ができなかったのだ。 「どうやら、籠城もここまでのようですね」 三成は言った。 「徳川軍に近江を抑えられたら、我らは孤立してしまいます。岡崎城の水野勝成率いる部隊が傍まで進んできているという報告もあります」 「関ヶ原にて、決戦ですか」 大谷吉継が言った。三成は宇喜多秀家、島津義弘、豊久、明石全登ら主要の将たちを見渡した。皆、三成の何倍も戦歴を重ねている剛の者たちだ。それでも気後れはすまいと三成は己を鼓舞した。この場において自分は総大将なのだ。すべての決定は自分で下さなければならない。
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