《214》

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「明石全登殿は城に残ってください」 三成は言った。 「他の諸将は出陣準備を。明るくなる前に全軍、関ヶ原に集結します」 「関ヶ原に引き込まれている。その思いは拭えませんな」 宇喜多秀家が言った。 「陽動の匂いがありありと満ちている。ここは一晩様子を見て」 「黙れ」 三成は言った。自分でも驚くほど迫力のある声が出た。何かが身に入ってくる感覚があった。覚えず三成は立ち上がり、腰から太刀を引き抜いていた。場の空気が張りつめていく。 「これより、私の指示に異論を挟むものは斬る。この決戦に於いて、総大将はこの私なのだ」  島清興が三成の前で膝をついた。 「三成殿、ご指示を」 清興が言った。 「清興よ、徳川軍を囲い込むようにして全軍配置につかせろ。兵力は僅かにこちらの方が上回っているのだ。笹尾山、松尾山、南宮山、これらの山をすべて抑えるのだ」 一体、誰が喋っているのだ。三成は己の声が別の誰かのものに聞こえた。いくさの総指揮など執った事はない。此度も実際の争闘の指揮は島清興や大谷吉継に任せておこうと考えていた。それがどうして、決戦を前にし、三成は己を抑えられなくなっていた。私を閑職に追いやったあの狸爺が憎い。捕らえて、この手で首を打ってやらなければ気が済まない。  評定の間には清興だけが残っていた。燭台の蝋燭が消えかかっているのか、間が幾分か暗くなっている。三成は立って清興と向かい合っていた。 「勝てますか、清興殿」 三成は言った。心はいくらか平静に戻っている。 「勝てますよ」 清興が応えた。 「さっきの三成殿ならね。誰も否を申せぬ迫力がありました。勝利の要諦はあの気迫なのです」  三成は大きく呼吸を吸い込み、一気に吐き出した。両手で頬を挟み叩く。
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