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自分で思い出したくせに、また涙がポロポロ溢れてくる。
あの日以来、私は可愛い服に袖を通すことをやめた。
持っているスカートは制服のみで冬は男子用の制服を買ってもらった。
中学では結局一人称を私、と言っているけど心の中では『俺』だし、言葉遣いも男子に似せた。
正直、こんなことをやったって意味はないし彼女が戻ってくるわけでもない。
それでも、せめてもの償いで私服は全てメンズ物で揃えた。
「あーもう!くそが!!うじうじすんな!」
負のループから永遠に出られない気がして思わず大きな声を出す。
バッと起き上がり、タンスから服を引っ張り出す。
気分を晴らしたい時は1人でフラッと買い物に出かける。
夏は露出が多くなり体系が隠せないから男子のように見えるかはわからないけど、構わずメンズ服に袖を通す。
髪の毛をセットし、アクセをつけ、帽子を被り、厚底の靴に足を入れる。
小さい鞄には必要最低限のスマホ、財布、イヤホン、そして自転車と家の鍵が入っている。
家を出て1番近いショッピングセンターまで自転車を飛ばす。
建物内に入ると、午前中授業だったから同い年くらいの人達が結構買い物をしている。
その中を1人スルスルとすり抜け、お目当ての洋服屋へと足を踏み入れた。
「すみません、花樹さんっていますか?」
商品を並べていた若い男性に聞くと、3秒程固まったあと
「あ、橘さんですね、少々お待ち下さい」
と店の奥へ引っ込んでいった。
うーん、やっぱりこの格好は変だったかな、とさっきの店員さんのリアクションで思ってしまう。
橘花樹さんというのは私がこのお店に初めてひーくんと来た時から接客してくれる人だ。
他の店員さんは物珍しそうに私を見ていたけど、花樹さんは他のお客さん相手と何ら変わりなく、接客してくれた。
嬉しかったなぁ、なんて全身鏡を見ながら思っていると、肩をトントンと叩かれた。
「結優さん、暑い中来てくれてありがとう。相変わらずスタイル良いからそれも似合ってるね。今日はなに買いに来た?」
私より20cm以上は高い身長の花樹さんからそう言われると嬉しくなる。
「うん、夏服買いたくて来た!この身長だと合うサイズなかなか無くてさ。良いやつあったら自分とひーくんに買いたいなーって」
3週間に1回は服を買う予定が無くても花樹さんと話がしたくてこの店に足を運ぶ。
通い始めてもう3年になるから花樹さんは私の顔を覚えてくれている。
「ちょっと高いけど新作入ったよ〜。一応見てく?サイズは大丈夫だと思うんだけど」
「うん、見る。あとズボンも欲しい!」
花樹さんと話すのは楽しいし、気が楽になる。
結局1時間くらい話してしまい、私は新しいズボン一着とちょっと高かった新作の半袖を自分とひーくんの分を買ってお店を出た。
「ふぅー…あっちぃ…」
飲み物を買い、足を休められるベンチに座りボソッと言葉をこぼす。
1人で買い物するのは好きだけど、友達に会ったらと思うと結構怖かったりする
外の世界をシャットアウトする気分で耳にイヤホンを突っ込み適当に音楽を流す。
ボーっと、何もせず、何も気にせず、私という存在を周りが気づいているのか、そういう時が楽だなーと思う。
30分経ったのか、はたまた10分くらいしか経ってないのか、時間感覚がわからなくなり始めた頃。
肩に軽い刺激を受けた。
びくーっ!と恥ずかしくなるくらい大きく肩が動いてしまった。
イヤホンをそっと外し、後ろを振り返ると知らない女性達が笑顔で立っていた。
「お兄さんお一人ですか?」
「よかったらそこでお茶でもどうですか?」
わぁお、逆ナンって本当にあるんだー、と他人事のように思う。
「…すみません、失礼します、」
とりあえず、対処法とかもわからないのでその場を去る選択をする。
スッと立ち上がり歩き出そうとすると、右腕をクッと引っ張られる。
「じゃあせめてSNS!教えて下さい!」
「インスタやってますか?!」
いや、中1女子にどう見ても20歳過ぎの女性2人が連絡先必死こいて聞こうとしてるってどゆことよ。
「え、あの「あー!ここにいた!めっちゃ探したんだからな!?皆待ってんだぞ!」…っえ…」
他のお客さんからの視線が痛くてその場を早く去りたかった、のに。
少女漫画的な展開でさらに視線が痛いんですけど。
引かれる左腕を見つめながら心の中で文句をぶちまける。
―――ねぇ、なんでここにいるの、
―――貴斗。
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