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 気は進まないけれど、かと言って鼻歌交じりにスキップしていく早苗を放っても置けない。  早足で追いつき、連れだって歩を進める内、何時の間にか達樹は駅向うのショッピングモールまで来てしまっていた。  相変わらずハイテンションの早苗は、あちこちの店へチョロッと入り、試食品へ片っ端から手を伸ばしている。  いつも通りの行動とは言え、慣れない街の、慣れない店。    夕刻前で人通りは多く、どうしても周囲の目が気になってしまう。補導員だって、何処にいるやら分からないのだ。 「おい、ちょっとは遠慮しろよ」 「……エンリョ?」 「恥ずかしいだろ、僕まで」 「だって、お腹すいてるんだもん。リンゴ・リング買うまで待てないもん」 「だからって」 「食べさせないと、グレちゃうぞ」 「……オイ」  言う側から早苗は鼻をクンクンさせ、お肉屋さんのコロッケ試食コーナーへ飛びついた。四つ切コロッケを団子みたいに楊枝へ突き刺し、一気通貫、まとめ食いで口いっぱい頬張る。 「……お前なぁ」 「ほひひい、ほひいひゃんもはへな」  モグモグ口を動かしながら、コロッケの楊枝を兄へ差し出す早苗の姿に、達樹は思わず天を仰いだ。 「……もう、僕の方が不良になりたいくらいだよ、グレーテル」 「ぐれえてる?」  ようやくコロッケを呑み込み、目を丸くする早苗に達樹は言った。 「え~、僕が昔読んだ、外国の御伽話にそういう名前の女の子が出てくるんだ」 「あたしに似た子?」  達樹はおもむろに両腕を組み、少なからず朧気な記憶を辿ってみる。  そう、あれは子供向けの割に、かなりシビアなストーリーだったと思う。  貧乏で、ろくに食べる物も無い両親が口減らしの為、幼い兄妹=ヘンゼルとグレーテルを昼なお暗い森へ連れていき、置き去りにするのだ。大人でも、一度迷い込んだら最後、抜け出せなくなると承知の上で。  そこの所を読むと同時に、自身の父の、あの家族を捨て去る瞬間が自然と脳裏をよぎった。  何処の国でも、どんな時代でも、毒親がやる事なんて、あんま変わんね~のな。  胸を指す痛みと共に、そう感じたのを覚えている。読むのをやめようか、とも思ったけれど、捨てられた子供達の行く末が気になってページをめくり……  ちょっとだけホッとした。  賢い兄のヘンゼルは、不自然な親の態度に疑念を持ち、持ってきたパンの欠片を気付かれないよう道へまいて、それを目印に家へ戻るのだ。  その序盤の展開は達樹のお気に入りとなり、何度か読み返した。  父が出て行った後のトラウマをどうにか乗り越えられたのも、少しは本の影響があったかもしれない。  おおまかな話の筋を思い出し、達樹は好奇心満々の妹の頭を撫でた。 「うん、そうね、早苗に似てるかも……頭が良くて、頼りになるカッコいいお兄ちゃんがいる所、とか」 「ふ~ん」 「それに、グレーテルは食いしん坊なんだ。森の奥で迷っている間にお菓子の家を見つけて、屋根にのってるチョコの瓦を食べようとしちゃう」 「お菓子の家!?」  又、早苗の目がキラリと光る。  興味をひかれて物語の続きを聞きたがったが、達樹は気が進まなかった。何故ならこの後、更にシビアな展開が待っているのだ。  ヘンゼルとグレーテルは一旦無事に家へ生還するが、それでメデタシメデタシ、とはいかない。  あくまで口減らしを狙う両親は、目印になるパンを取り上げた上、鬱蒼とした森の最深部……魔物が住むと噂される辺りへ二人を連れていき、再び逃げ去る。  もう帰り道を見つける方法は何も無く、彷徨う二人が歩き疲れた末、辿り着いたのは不思議なお菓子の家。  ホッとした兄と妹はクッキーのドアから中へ入り、ダウン寸前の体を休めるが、実は、その家そのものが森の支配者たる悪い魔女の罠なのである。 「……ねぇ、それからどうなるの?」  淡い記憶を頼りに早苗へ語る達樹の言葉は、そこで完全にフリーズした。  え~と、どうにかして魔女をやっつけるんだよなぁ。確か、グレーテルが魔女を騙してかまどへ入れ、焼き殺すんだ。  生きたまま、強火で丸焼き。泣こうが、わめこ~が、真っ黒な炭の塊りになるまでかまどから出さない。  昔話だからこそ許されるっつ~か、アニメ化できないグロさだよな、マジ。  でも、そっから先、二人はどうなったっけ?  自分を捨てた親の元へ帰るのか?  いや、普通に家へ帰っても、ビンボ~なままだし、又、捨てられるだけだろ。  魔女をやっつけた時に宝物とか見つけちゃって、それで家族みんな金持ちになってメデタシ、メデタシ?  う~ん、何か、それはそれで納得いかないけどさ……
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