8人が本棚に入れています
本棚に追加
数日後、貸与されたタブレットでニュース記事を読んでいると少女が部屋を覗いていた。心なしか大きめの病院着を着ている。小児科も戦争のせいで満員。戦闘の終結で徐々に減って来ていても、背中に穴を開けなければならない少女は丁度のサイズの服をもらえなかったのだろう。
ウィリアムはタブレットスタンドを押しやって、笑って見せる。
「こっちにおいで。お話ししよう」
ベルエル語で話しかけると少女はうれしそうに笑って飛んできた。その背の翼は飾りではないらしい。足が異様に細い。歩くより飛ぶことに特化しているのかもしれない。その細い足にはやはり、包帯が巻かれている。怪我が原因での入院で間違いなさそうだ。彼と一緒にいたのが事実であるなら建物の倒壊に一緒に巻き込まれたのかもしれない。だが、それ以外の傷は見当たらず、元気そうだ。
「わたし、エレナ。おじさんは?」
おじさんと呼ばれてウィリアムは苦笑いを浮かべる。まだ若いのだが、やつれてしまったから老けて見えるのだろうか。そもそも小さな子供からしたら十分おじさんなのかもしれないが。
「私はウィリアムだよ」
「ウィリアム!」
ベッドや手首のバンドに管理のための名前が印字されているが、少女には読めなかったらしい。
「君は何歳かな?」
「六つ」
少女は指を六本立てた。もっと幼く見えたが、小柄な種族だからそう見えていただけらしい。
「ウィリアムは何歳?」
「二十五だよ。エレナはどうして私のところに来るのかな?」
「だめ?」
泣きそうな顔で見上げられてウィリアムは慌てて手を振る。
「ダメではないよ。でも、どうして来てくれるのか教えてほしいんだ。痛くて苦しんでいた時もナースコールを押してくれたり、手を握っていてくれたりしたよね? とっても嬉しかったよ」
少女は迷うように目を伏せたが、口を開いた。
「ウィリアムはわたしのこと助けてくれたの。わたし、独りでとっても怖かったけど、ウィリアムが抱っこしてくれたから、怖くなくなった」
少女が言っていることにまったく覚えがない。だが、一緒に救助され、ここに運ばれたと聞いている。少女が言っていることが事実なのだろう。
「でも、爆弾でウィリアム、起きなくなって怖かった」
少女はぽろぽろと涙を流す。ひどい惨状の中で唯一見つけた安全地帯を失ったのはどれほど不安だっただろう。ウィリアムは痛む身体を無理矢理動かして、少女の涙を拭う。
「よく頑張ったね。もう大丈夫だよ」
抱きついてきたエレナの背中をやさしく撫でる。これほど小さな体でウィリアムが味わったのと同じだけの恐怖を受け止めたのだ。身体が痛んでも、今はエレナにやさしくしたい。
彼の腕の中で泣きじゃくっていた少女はいつの間にか眠ってしまった。泣き疲れてしまったようだ。かわいらしい寝顔にウィリアムはふと笑う。こんな寝顔を守りたくて戦場に行ったのを不意と思い出した。
戦争で彼の心は壊れてしまったが、この少女の心を守りたいと彼は思う。言葉が通じない場所でエレナは一生懸命生きている。
「あらまぁ、本当にシャルレーさんのところにいたんですね」
小児病棟勤務と思しき柔和そうな看護士が顔を出した。長時間戻らなかったから探しに来たのだろう。急いで連れて行こうと手を伸ばした彼女の手を止める。
「せっかくよく眠っているので寝かせてあげてください。起きたらちゃんと戻るように伝えますから」
「おねがいしてもいいかしら?」
「はい」
「具合が悪くなられたり、エレナがぐずったりするようでしたらいつでもナースコールを。伝えておきますので」
「わかりました」
看護師はそのまま去って行った。所在さえわかっていれば問題ないのだろう。
彼はふと息を吐いて少女のやわらかい頬に触れる。この頬から涙の痕が消えてほしい。いつも笑顔でいてほしい。そんなことを思いながら彼もうとうとと眠り込んだ。
久しぶりの穏やかな眠りから目を覚ますと少女はいなくなっていた。先に起きて帰ってしまったようだ。けれど、それから毎日のようにエレナが訪れるようになった。
最初のコメントを投稿しよう!