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「ここ数日調子がいいようですね」
週に一度の診察に来た精神科医に言われて、ウィリアムは頷く。
「はい。エレナという有翼族の女の子が毎日のように来てくれるので気がまぎれるんです。文字を教えてあげたり、描いた絵を見せてもらったり、穏やかな気持ちでいられる時間が増えました」
「それはいいですね」
まだ自力で起き上がることさえできないウィリアムにとって気を紛らわす方法が少ない。どうしても考え込む時間が長くなり、よくないと医師にも言われていた。貸与されたタブレットでそれほど気を紛らせることができるはずもなく、エレナの存在は彼にとって大きかった。
電子カルテに記載しつつ、医師が口を開いた。
「頓服を二回使用されていますね。フラッシュバックですか?」
ウィリアムは迷ったが、口を開く。隠しても意味のないことだ。
「まったく記憶にないのですが、エレナは私が救助されたとき、一緒に居たそうなんです。エレナは私が助けてくれたとも。あの日、もしかしたら一日行動を共にしていて、あの子なら何があったのか全部覚えているのかも。独りでいるとついついそのことを考えて苦しくなるんです」
医師はカルテに記載を終え、ゆっくりと顔を上げた。
「シャルレーさん、あなたの記憶が一部欠けているのは心因性であるのか、頭を打ったショックであるのかはわかりません。ですが、心因性のものであるなら、それだけあなたにとってショッキングな出来事があったということ。無理に思い出すのは現時点では危険だと考えています。まだまだ体も回復していない。焦りは禁物です」
「はい……」
「ところで、有翼族について調べられていませんよね?」
不可解な問いにウィリアムは小首を傾げる。有翼族の存在を知ったのはエレナと出会ったのがきっかけで、調べはしたが、これといった情報は出てこなかった。正直にそう伝えると医師はそれでいいと短く言ったきり、それ以上のことは教えてくれなかった。
「ああ、そうでした。有翼族は骨折しやすいので気を付けてあげてください。飛ぶために身体を軽くしているので骨が中空なんです」
「そうなんですね。年齢に対して小柄に見えるのはそのせいですか?」
「そうです。大人でも130センチメートル前後だったかと。やさしくしてあげてください」
「それはもちろん」
医師は薬の確認をして去って行った。有翼族が何だというのだろう。インターネット検索であまり情報が出てこないのは意図的な遮断を感じた。情報を隠したがるベルエルにしかいないことも関係はあるだろう。飛行する種族。小柄で知能は人間と変わらない。手先は器用。
「まさか、軍事利用されている……?」
呟いてすぐ打ち消す。そんなはずはない。エレナはまだたったの六歳だ。けれど、考え出したら止まらなくなった。それならあの幼さで包囲された本部にいたことも説明がつく。エレナと出会ったことさえ記憶がないということは陥落の日に出会ったことになる。それより前であれば民間人を収容していたが、包囲されて以降は民間人を受け入れることさえできなかった。自分は何を忘れてしまったのだろう。
頭ががんがんと痛み、呼吸が乱れる。これ以上考えてはならないと身体が警告する。ウィリアムは頓服薬を飲んで、目を閉じる。焦ったからといって思い出せるわけではない。今は身体を治さないことには何もできない。医師の言うことが正しいのだ。
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