プロローグ

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プロローグ

 エルドレアとベルエルの国境に位置する町ハウレリーでは激しい戦闘が繰り広げられていた。大国ベルエルからの強襲で始まった戦争は開戦からすでに三年が過ぎ、両国ともに疲弊の色は隠しきれない。  ハウレリーを陥落させ、せめてもの戦果にしたいベルエルはこれを最後と激しい攻撃を繰り広げる。対してここを守り切って有利な形で交渉のテーブルにつきたいエルドレア。どちらも引けない攻防戦は熾烈を極め、兵士の命が塵芥のように消えていく。  エルドレア陸軍の指揮を執るのは若き将校ウィリアム・ヨハン・シャルレー少佐。部下からの信頼は篤く、指揮能力も高い。愛国の志も高く、自ら志願してここに来た。だが、物量の差に勝ち目は見えない。ハウレリーの町はほとんどが焦土と化し、今日にも到着するはずの援軍を待てるかどうかさえわからない。  いつの間にか上官は死に、佐官は彼が最後だった。尉官も多くはない。脳裏に敗北の二文字がよぎる。  彼はただ空を見上げた。  ――絶望しても俯いてはならない。指揮官が俯けば士気は失われる。必ず上を見ろ。そこに活路がある。  中将たる父の教えは希望のある時であれば、価値があったかもしれない。だが、もう活路はない。本部を包囲されている今、退却もほぼ不可能だ。ぎりぎりまで民間人の避難を優先したことが仇になった。そのことを少しも後悔していないが、部下もすべて道連れにすることは申し訳なく思う。  その時、子供のかすかな悲鳴が聞こえた気がして、彼はアサルトライフル片手に本部を出る。 「少佐、危険です」  もはや安全地帯などない。そんな状況下で唯一の指揮官となってしまった彼に勝手な行動が許されないのはわかっていたが、放っておくことはできなかった。 「幼い子供の声が聞こえた。様子を見たら、すぐに戻る」  彼は細心の注意を払いつつ、様子を伺う。ベルエルの兵士がそこここに姿を隠している。突破することは不可能だろう。だが、そこに幼い子供がいた。ウィリアムは決死の覚悟で子供に駆け寄った。  その日、爆撃によって本部は倒壊した。避難ができなかった民間人も含め、大多数が命を落とし、ハウレリーは陥落した。  そのはずだった。 ベルエル軍の勝利の雄叫びは長く続かなかった。  油断したベルエル軍をエルドレアの大規模な援軍が撃破。たった一夜にして戦況は引っくり返った。背後に西の大国の援助もあったというが、定かではない。その日の戦いのことを正確に知るものはなかった。ただ確かなのは勝利をその手につかみ取ったのがエルドレアだったということだけだ。 後にハウレリーの奇跡と呼ばれる出来事の陰で起きたもう一つの奇跡を人々はまだ知らない。
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