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ルールは破るためにある
食堂に時間通りに出かけても、「コンシェルジュが死んだ」の言葉通り、誰も出てこなかった。ひょっこりと榛が出て行っても、いきなり襲撃してこない代わりに、誰も出てこない。
「まぁじか。食事どうしよっか」
「……厨房に多分温めるパックがあるはずだから、それを探し出してきて食べるしかないだろうな。明空さん。食事摂れそうか?」
あまりにも変わらない榛に、気を遣ってくる立石。既に美羽はひとり蒸し殺されるまで見守らないといけなかったせいで、心が折れそうになって、腹の虫も鳴らない。
「すみません……全然お腹が空かなくて……」
「……仕方ない。今日はコンシェルジュと紅さんが続けざまに死んだんだから。人が死に続けて、気分が悪くなってもしょうがない」
「そーうー? 彼氏死んだときは泣きながらも普通に食べてたのにぃ、そんな殊勝な気持ちみゅみゅにあんのー?」
「おい、あんたは本当に黙ってろ」
「……榛の言う通りかもしれない」
今回ばかりは、理不尽に榛を責める気にもなれず、ぐったりとしたまま美羽は口を開いた。それにやはり気遣わしげに立石は美羽を見つめた。美羽は力なく笑う。
「……翔太が死んだときは、よくも悪くも事故だったんです。たしかにあたしが止めきれてたら、翔太は死にませんでしたけど……浜松さんが死んだのは、あたしがなにがなんだかわからない内に死んでました。殺したの榛だけど。中柴くんは気付いたら嫌われて、死にました。殺したのは榛だけど。石坂さんは訳がわからない内に死にました。殺したのは榛だけど」
「オレが殺したっていう部分いるぅ?」
「いるの。あたしが殺してないって確認するためには絶対にいるの」
身勝手な言葉ではあるが、実際にメンタルが日を追うごとにボロボロに摩耗していっていた美羽にとっては、自分のせいではないと言い続けることはなによりも重要なことではあった。美羽は吐き出した。
「でも……紅さんは違う……もし火事が終わらなかったら困るから……中の火が燃え尽きるまであたしたちは開けることができなかった……」
実際に紅の使っていた部屋だけは激しく延焼したものの、それ以外は無事だった。だからこそ、全員生きているし、彼が生焼けのまま死んでいるのも見つけ出せた。
そしてコンシェルジュに至っては、彼が何者かわからない内に死んだ上で、今は誰かがコンシェルジュに成り代わっている。
「誰がコンシェルジュを殺して成り代わったんでしょうか?」
美羽のぽつんとした言葉に、立石は黙り込んだ。一方榛はペラペラとしゃべる。
「普通に考えたら、おっさんじゃねえの?」
「おっさ……まさか石坂さんを疑ってるの!? だって、あの人はあんたが……」
「うん。オレさぁ、初日にコンシェルジュと手合わせしてるし。あれは、ただもんじゃねえなあと思った。で、あのコンシェルジュを殺せるようなスペック持ってるのは、オレ以外だったあのおっさんしかいねえし」
「意味がわかるように言ってよ。そもそも石坂さん、あんたと違って、ひとりも殺してないよ!?」
「知らね。なんであのおっさんひとりも殺さなかったのか」
榛があまりにもペースが変わらないのに、立石は黙って立ち上がった。
「とりあえずなにか温められないか見てみる。ここで待っているか?」
「ま、待ってください! 着いていきます! 榛とふたりっきりで待つのは嫌!」
「えー、オレ嫌われてるのぉ? みゅみゅにはなんにもしてねぇじゃn」
「他の人にはいろいろしてるのに、どうして嫌われないって思ってんの!? 図太いにも程がある」
「えー。マジかぁ」
美羽が涙目になって立石を盾にし、美羽の涙目を面白がってちょっかいをかける榛に挟まれ、立石は溜息をついた。
「……とりあえず厨房に行くから。食べられるものを探して食べよう」
「は、はい」
「はぁーい」
とにかくとんちんかんな三人で厨房に入り、レトルトパックかなにかを探しはじめたのだった。
普段はロボットにセットされているだろう材料はなく、静かなものだった。冷蔵庫を探すと、飲み物は見つかっても食材はない。
「なんで!? いっつもおいしいものつくってたのに、なんでひとつの食材が入ってないの!?」
美羽が悲鳴を上げるが、立石は冷静だった。
「おそらくは、全部コンシェルジュが直前に脱出路に取りに行っていたんだと思う」
「なにそれ。知らない知らない」
榛が興味深げに二メートル声の身長を屈めてくるので、美羽と立石は顔を見合わせる。
「脱出するなら言うか?」
「……飽きたって言って殺されませんか?」
「むしろ榛は、多分現状に飽きてるから、外に出たがると思う」
「どうしてこうも立石さんは榛に対して真っ正面からどうこう言えるんですか!?」
「彼の快楽のポイントは独特だが、そこまでねじれてはいないからな」
そう言い切ってから、立石は榛に彼自身の指令の内容を伝える。それに榛は「はあはあ」「ほうほう」と言いながら聞き、そして耳の穴に指を突っ込んだ。
「そこ行ったら食事あんの?」
「普段はあそこをコンシェルジュが出入りしていたんだと思う。俺たちがラウンジでうろうろしているときも、いつの間にやらいたコンシェルジュが普通に通り過ぎていたからな」
「なぁる」
「でも、ロボットたちに食材をセットするなんて方法、あたしたちには……」
「多分やり方はわかると思うが、問題はラウンジにコンシェルジュに成り代わった誰かがいた場合だ」
それを言われて、美羽は黙る。
美羽はぼんやりと初日のことを思い返していた。
(そういえば……やたらとロボットについて、石坂さんも詳しかったような……)
状況証拠だけでは、死んだはずの石坂がコンシェルジュに成り代わって暗躍を果たし、それが原因で紅が死んだように思えるが。
ならどうして今までなにもしなかったのか。なぜ今になって動きはじめたのか。榛の殺意すら無視するコンシェルジュをどうこうできると過程した場合、今まで放置されていたことのほうが怖かった。
考えれば考えるほど、袋小路に入っていく。それにガリガリと頭を掻いている中、榛は気の抜けた声で立石に視線を送った。
「殺せばいいじゃん」
「……簡単に言うな、最終日まで……」
「というかさあ。脱出路見つかったんだったらさ、そこから帰ればいいじゃん。もうそろそろオレもここにいるの飽きたしさあ。七日間も大人しくここにいなくってもいいじゃん。食材見つけてご飯食べたら、帰ればいいじゃん」
自由が過ぎる榛の言葉に、美羽は口を開いた。
「……たしかに」
「だが、俺は一応指令内容を突破した。形だけだが……榛も指令内容を突破しているからいい。明空さんは? こちらを見ているはずの主催側が否と言った場合、彼女にどんなペナルティーかかるかわからないぞ?」
「なにそれ? 主催側の人間を刺客として送ってくんの? いいねえ。殺し甲斐がありそう」
あまりにも自由過ぎる榛の言葉に、立石は降参したように首を振り続けてしまったが。美羽はなにかが吹っ切れたような顔をする。
「……そうですね。もう逃げましょう」
「いいのか? 明空さん」
「たしかにここは私有地ですし……見つかったらなにされるのかわからなくって怖いですけど。でも頑張って私有地出たあとは、スマホの電波だって繋がる場所にさえ出たら。あたしたちは一応日本の法律の保護下に戻れますよね? ここの主催側だって、多分大金持ちなんでしょうけど、表立ってはここでの催し物は全部都市伝説にしてしまうくらい、表立って騒がれたい訳じゃないんじゃないかと。それに、もしあたしたちが逃げたら、多分あのコンシェルジュっぽい人、追いかけてくるんじゃないかと」
美羽の言葉に、立石は頬を引きつらせた。
「……明空さん、まさか」
「あたし、翔太を殺されたこと、普通に恨んでますから。浜松さんだって、中柴くんだって、紅さんだって。残念ながら仲良くなれた訳じゃないですけど、死にました。リアリティーショーかなんか知りませんけど、クソじゃないですか、こんなの」
「りありてぃー? なに?」
美羽の言葉に、榛は首を傾げていたが。それを無視して、立石は溜息をついた。
「……わかった。食事を済ませたら逃げよう。荷物まとめて」
「はいっ!」
こうして、慌てて宿泊施設に戻ると、美羽はダストボックスに服を脱ぎ捨てて、洗って干していた制服に袖を通した。
鞄は美羽と翔太のものふたつ分。本来ならばひとつ分だけ持っていけばいいが。美羽は黙ってふたつ背負った。
(……もしかしたら、役に立つかもしれないし)
そう自分に言い訳し、最後に翔太の鞄からスマホを手に取った。
パスワードに何気なく自分の誕生日を入れたら、そのまま出てきたのに思わず苦笑しながら、彼のスマホを眺める。好きな人との普通の日常写真が出てきて、なんとはなしにほっこりした中。
ふたりで撮ったスマホの端のほうに、誰かが写っていることに気付いた。
「……え?」
これはただのデート写真であり、ふたりで仲良く初デートで映画館に行ったり、食事時間にご飯が食べられずにふたりでショッピングモールを彷徨ったりした、普通の高校生のデート。その端に写っている誰かに、思わず絶句した。
全ての写真に、コンシェルジュと同じスーツの人間が写っている。顔だけ植え込みやショッピングモールのオブジェで隠されてしまっているが。これはここに閉じ込められてからずっと見てきたコンシェルジュのスーツで間違いない。
(あのときから……あのときからあたしと翔太の周りをうろうろして……この催し物に強制参加させるために、誘拐したんだ……)
「……許さない。許さない」
翔太を殺した。彼は普通の人だった。彼は恥じる生き方を全然してない人だった。ただ普通に日常を愛し、普通に正義感を持って、普通にできたばかりの彼女を大切にしている……既に美羽から削られてしまった良心を持ったまま死んだ、彼女にとっての初めての彼氏だった。
「絶対に……許さない」
そう自分に言い聞かせながら、部屋を出た。
ここから先は、そいつとの決戦なのだから。
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