七日目、そして

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七日目、そして

 本来だったらクタクタであり、どこかで休憩したくて仕方がなかったが、ここが真っ暗な上に、背後に榛がいるのかと思ったら、一歩でも多く距離を取りたい一心で、美羽は己を必死に鼓舞して歩いていた。  そこで、光が差し込んできた。 「あっ……!」 「明空さん、落ち着いて。もし最奥が崖だったら……」 「車が通れるような場所が、さすがに崖だったらへこみますよ」  美羽は足早に光に向かって進むと、山影が見え、その目下には町の光が広がっているのがわかった。  どうも美羽と立石が通っていた道は、山をくりぬかれてつくられた道らしかった。 「町だぁぁぁぁぁぁ……!!」 「……なるほど。さしずめここは私有地だったから、誰も入らなかったという感じだな。電波が使えないから山岳地帯じゃないかとは予想してたが……町まで降りるには結構時間がかかりそうだし、地盤は多分このまま下山するよりもこの道を使ったほうがよさそうだが……どうする?」  立石はタッチパネルを取り出して、ネット回線の復旧を見ていたが、やはりまだ回復してないようなので、このまま町に降りない限りはネット回線の回復の見込みはなさそうだった。  美羽は背後を見る。 「……正直、榛から少しでも早く離れたいんです。あれは……なんというか、うん」 「そうだな……さすがに町に降りたら普通に警察も息をしているはずだから、館内ほどわかりやすく殺意を向けないだろうしな」 「危ないのはわかってるんですけど……」 「……体力がそこまでない俺たちですら、ここまで出られたんだ。体力も腕力も無尽蔵なあいつだったら、もう出口付近までいるかもしれない。できる限り危なくないように心掛けながら、降りようか」 「はいっ」  さすがに私有地なため、山でも道の舗装をされている部分さえ通れば、下山もそこまで難しくはなさそうだ。榛を撒くのだったら、本来は未舗装の部分を使ったほうがいいのだろうが、さすがにふたりも、あの危険人物よりも舗装されてない山のほうが危ないくらいのことはわかる。  カロリーも糖分も取らず、ただ黙々となにもない舗装された道を歩くのはしんどくつらいものがあったが。空がだんだん色が白んでくるのが見えた。  どちらかの腹の虫と共に、空が徐々に柔らかい色を見せ、坂道が途切れてきたことに気付く。 「あ……」  坂道の途切れた先には、住宅街が見えた。  つい一週間ほど前は、なにも思わずに住んでいたはずの町並み。特に面白みもなかったが、穏やかで命を刈り取られる恐怖も、心が蝕まれていく悪寒もない日常を過ごしていた当たり前な場所であった。  アスファルトの道に一歩足を踏み出した途端、とうとう美羽は声を上げて泣きはじめた。 「帰ってこれたぁぁぁぁ…………!!」 「……それにしても、ようやくネット回線が復旧したが。ここはどこだ?」  美羽がおいおい泣いている中、黙って立石がスマホでGPS機能を使って場所を特定しようとしている。  その中、ゆらりと動く影があった。  美羽は泣きながらも、黙って背負っていた鞄のひとつを投げつける。 「おっと」  立石は目を瞬かせて、美羽が鞄を投げつけた先を見た。鞄をひょいと持っている榛が、ヘラヘラと笑っていた。  夜通し歩き続けて疲れている美羽や立石と違い、榛は全然疲れを見せていなかった。 「ヤホヤホ。せっかく脱出できたのにさぁ。オレ置いてくなんてひっどいじゃん」 「……あんたみたいな危険人物が生きてるところで日常生活なんて、送れる訳ないでしょうが!?」 「えー、ひっで。せっかく初ゴロシ仲間なんだからぁ、仲良くしよって思っただけなのに」  それに美羽はビクリと肩を跳ねさせる。 「……石坂さん、死んだの?」 「うん。みゅみゅ初ゴロシおめでとー」  ヘラヘラ笑って言う榛に、顔を引きつらせて固まる美羽。それを見ながら立石が「おい」と声を上げる。 「石坂さんは死んではいない。いくら舗装された道の上で殴られ続けたとしても、石ならともかく、鞄くらいの強度で死ぬ訳ないだろ」 「そっ?」 「あんたが石坂さんにとどめを刺したんだろ。勝手に明空さんを巻き込むな」 「えー、本当にミナトはそういうの全然効かねえなあ。まあいいや。ご飯食べに行こ?」  そう言い出すのに、美羽は拍子抜けした。  立石は「なんでだ?」と声を上げる。 「オレが金持ってる訳ねえじゃん。みゅみゅだって高校生の小遣いだったらさあ、モーニング三人分もおごる金ねえんじゃねえの? となったら、ミナトにおごらせるしかねえじゃん」  あっさりと言ってのける榛に、美羽は困った顔で立石を見た。立石は長い溜息をついた。 「……この町、だいぶ都心部から離れててよかったな。下手したらあんた、モーニング食べに行った先で通報されててもおかしくなかったぞ」 「やった。オレ強運」  いちいちずれた会話をしながらも、三人はモーニングをしている喫茶店へと向かっていった。  モーニング三人分を注文したところで、美羽はやっと自身のスマホを触った。スマホのメッセージアプリには、まるまる一週間分のメッセージが溜まっており、怖くて全部を確認できなかった。一部は美羽と翔太共通の知り合いからのもあり、それらは全部後回しにすることにしてから、地図アプリを検索する。  驚いたことに、住んでいたH県からだいぶ離れたA県であり、美羽の土地勘の全く利かない土地であった。 「あたし、こんなところに来たことなかったんですけど……」 「俺もだな」 「立石さん、どこ出身ですか?」 「K県」 「あたしよりもこの辺り詳しいんじゃないですか? 修学旅行とかでも行ったことないですよ、ここ」 「ん-っと、オレはねえ」 「あんたには聞いてない」  言っている間にモーニングが届き、それをもりもりと食べはじめた。  たらふくの分厚いトーストに、バターとジャム、エビグラタンにコンソメスープ。ゆで卵にサラダ。  一食抜いて夜通し歩き続けた体は、無限にカロリーを欲し、本来なら比較的多めにつくられているモーニングも、勢いをつけて減っていく。 「これからどうしましょうか」 「警察に行くしかないだろうな。俺の場合は独り暮らしのせいで捜索願が出ているかどうかも怪しいが、明空さんは高校生な上、彼氏と一緒に行方不明になったんだから、普通に探されているだろ。一緒に行こう」 「えー……ミナト、冤罪で逮捕されない~?」 「してないことはしてないとしか言えない。そもそも俺も全然縁もゆかりもないA県にいるんだから、事件性を調べてもらうしかないだろ」  ふたりの会話を聞きながら、美羽は必死に食事を食べ終えた。モーニング三人分の支払いを済ませている立石に、美羽は「あの、立石さん」と声をかけた。  メモにはメッセージアプリのIDが書いてある。 「……モーニングおごってばっかりだったんで。お金を後日送金したいんですけど」 「別によかったんだが」 「いえ……あたし、多分立石さんがいなかったら、あそこで生きていけませんでしたから……本当にありがとうございます」  そう言っている中、榛が長身で「オレは~? オレは~?」とピョンピョンと飛んでいる。長身の男が無意味に可愛い行動を取ると、途端に注目の的になるんだが、本人がわかっているかどうかは未知数だった。  美羽は「あんたは嫌」と一蹴するが、榛がヘラリと笑う。 「あっそ。まあいいや。オレはこのままいくから。生きてたらその内またご飯おごってぇ」  そう言って去って行ってしまった。 「……あたし、どこかで連れ込まれて殺されるかなと思いましたけど」 「榛は、面白いか面白くないかでしか人の生き死にを決めないから。おそらく、朝っぱらから警察と追いかけっこをしたくないくらいしか考えてないだろ」 「警察に通報しますか? もういっそのこと、あたしたちあの人に誘拐されたことにするとか」 「……難しいだろうな。どっちみち、あの館のことは警察にも圧力がかかっているから露呈してないんだろうし」  ふたりは警察に行き、素直に「気付いたら知らない場所にいました。なんとか逃げてきました」と言い張った。本当のことだから、しょうがない。  パトカーに乗せられ、立石とはそこで別れてしまった。美羽は何回かパトカーに乗り継ぎ、途中で降りたどこかの県警で婦警にあれこれと聞かれる。聞かれた内容は素直に答えたものの、詳細を突っ込まれて聞かれない以上は、なにも答えることができなかった。  最終的に見覚えのある町の警察に連れてこられた中、迎えに来た親に大泣きされてしまったときには、美羽は複雑な気分になってしまった。 (帰ってこられたけど、きっとなんにもわからないままなんだ)  都市伝説のファムファタールの函庭。  誰かがそれを見て楽しんでいたらしいが、結局誰がそれを見世物として楽しんでいるのかはわからなかった。  石坂はコンシェルジュと入れ替わり立ち代わりして催し物をコントロールしていたらしいが、結局なんだったのかはわからなかった。  立石と美羽の住んでいる県すら違ったのだから、これは大規模的にやっていることなんだろうとはわかったが、それだけだ。  ただわかっているのは。倫理観のかけらもない榛を催し物に放り込んでいたのだから、主催側もそれらが一切ないんだろうということだけ。 (運がよかったから、誰も殺さずに済んだけれど、もしまた巻き込まれたら殺さずに済む保証はどこにもないや)  好きな人が真っ先に死んでしまった。そこから美羽の価値観や倫理観がおそろしくねじれてしまったような気がする。  榛のように、楽しい楽しくないだけで殺せる側に回れたら、こんなに悩まずに済んだだろうが、美羽はあそこまで振り切ることができない。  だが立石のように「なにも見ず、聞かず、口にせず」を貫き通せるほど、大人にもなりきれない。  結局美羽にできたのは、ネットの匿名掲示板。ファムファタールの函庭について書かれている掲示板に、助かる方法を書き込むことだけだった。 【ファムファタールの函庭で助かる方法(女子版) ・敵をつくらないこと。絶対に和を乱す人間が現れるだろうけれど、それに乗らないこと ・誰を優先的に生かすか考えようという人間が現れるだろうけれど、それに同調しないこと ・全員で助かろうとする人間の手伝いをすること。そこで嫌な人が生き残ったとしても、その人を責めない。 ・一緒にいられる人は、全部運。運がよかったら助かるけれど、運が悪かったら死ぬ。 ・乙女ゲーム補正なんてあてにしない。乙女ゲーム展開できる人だけ集められるとは限らない。 ・こんな乙女ゲーム、絶対に嫌。】 <了>
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