2 箒のバレイ

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2 箒のバレイ

 そっと近寄り、うつ伏せで倒れている男性に声を掛けるユーリ。  「あの、大丈夫ですか? 生きてます?」  『ユーリ、死体は返事しない』  「分かってるよ、じゃあ何て言って声かけるのよ」  ビクビクしながら小さな黒猫の後ろに隠れる素振りをするユーリ。  ――いくら彼女が小柄でも無理があるのだが・・・  黒猫ジーノが半目で主人をジットリと見つめた後、溜息を付いて倒れている男性に近寄り鼻先を寄せる。  しっとりとした黒猫の鼻が彼の額に触れるが、ピクリとも動かないのを恐る恐るといった感じで凝視するユーリ。  「ねえ、ジーノその人大丈夫?」  『うん。生きてるね』  ホッと胸を撫で下ろすユーリを見ながら本当に死体だったらどうするんだろうと首を傾げるジーノ。  『放っといて帰る?』  「何言ってるのよジーノ。生きてるんなら助けたげなきゃ駄目じゃないのよ」  『眠ってるだけだよ』  「こんなところで、川に片足突っ込んで昼寝するわけ無いじゃないの。気絶してるに決まってるでしょ、こういうの行き倒れって云うのよね」  顔は見えないので年の頃は分からないが、男性の茶色の髪の毛には白髪は混じっていないので年寄りには見えない。  いくら若いと言っても片足を水に突っ込んで昼寝は誰もしないだろうとユーリは考えた。  ――まあ、そういう趣味がある人かもしれないが・・・   「とにかく起こさなくちゃ。ねえ、あなた大丈夫? こんな所でどうしたの?」  声を掛けながら男性に近寄ると彼の肩をポンポンと軽く叩く。  『体が冷たいぞ? 死にかけなんじゃないか?』  ジーノが毛づくろいをしながら何てこと無さそうにポロリと零す。  「え、ヤバイじゃない・・・」  慌てて周りを見回すが、人影はない。  「しょうがないわね。箒に載せて連れて帰るわ」  『まあ、助けるんならそうだろうね』  ユーリは肩から掛けてあったバッグの中からキラキラした宝石が付いた魔法の杖を取り出すと、口の中で短い呪文を2つ唱えた。  すると彼女の魔法で背の高い男がフワリと浮き上がる。  暫くすると柄の長い箒が何処からともなく、ものすごい勢いで飛んできて男性の腹の下に滑り込んだ。  「ゴメンね、バレイ。お家で掃除してたんでしょ?」  箒はまるで首を横に降るように柄の先をプルプルと動かした。  「じゃあ、家に運んでくれる?」  ユーリがバレイと呼んだ年季の入った箒に跨り、自身の前に気を失った男性をまるで狩の獲物の腹を竿で持ち上げる様な格好でダラリとさせたまま、フワリと空中に浮き上がる。  彼女の肩にヒョイと飛び乗った黒猫が箒の前に引っ掛けられた男性を覗き込み、若干憐れんだ顔をしたがユーリは全く気が付かない。  「じゃあ、バレイいこっか」  『・・・早く運ばないと息が詰まって苦しいかもなぁ。トドメを刺さなけりゃいいけど』  ジーノの独り言は風に流され、ユーリの耳には届かなかったようである。
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