春隣

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「いらっしゃいませ」  小さいながらも花屋を営む私は、来客を知らせる鈴の音に振り返る。  小春日和の陽気を連れてきた様にゆっくりと優雅な動作で店内に足を踏み入れたのは、背の高いスーツ姿の男性だった。細くもなく太くもなく男性らしい骨格と、切れ長の目を覆う様な細身の眼鏡が印象的で、メガネの奥の瞳が私を吸い寄せる。  私を絆す熱を帯びたその瞳に見つめられ、自分の頬が熱くなったのを感じる。 「あの花を下さい」  彼は静かに指をさすと、その先には赤い薔薇があった。 「おいくつご入用ですか?」 「2本で」 ──彼はその意味を知っているのだろうか?  私は「かしこまりました」と返事をしながら考える。  赤い薔薇の花言葉は『あなたを愛してます』。  それも2本ならば『この世界は二人だけ』。  こんなにも情熱的な花を彼から受け取る誰かを羨ましく思った私は、薔薇を束ねながら彼の顔色を盗み見た。 「はい、お待たせしました」  そんなことも知らない彼は、花束を受け取るとお代を私に手渡す。  一瞬……一瞬だけ触れた指先が、ヒリヒリと痛んだ。
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