454人が本棚に入れています
本棚に追加
今までどおりクールでいてよ
風呂から上がると、俺たちは昨日の残ったカレーで晩飯にした。
二日目のカレーが大好きな俺のために、わざと多めに壱成が作ってくれていた。
「あのさ壱成。俺の初めてなんて、体位じゃなくてもいっぱいあるよ? 壱成とが初めてのこと、いっぱい」
「いっぱい? たとえばなんだ?」
「えっと……。好きな人とのデートだって初めてだったから、壱成と行ったところ全部初めてのデートだし。一緒のお風呂も初めてだし。あ、家に行ったのも初めてだし、来てもらうのも初めて。それに……終わったあと抱きしめるのだって壱成が初めてだよ。えっと、あとは……」
いろいろ思い出しながら話していたら、ふと気づくと壱成は頬を染めて俺を見ていた。
そして、目が合うとすごく嬉しそうに破顔した。
「俺の初めてと同じだったんだな……」
ドドドッと心臓が暴れる。
ほんともう……どこまで可愛くなるんだよ……っ。
壱成が俺のことを本当に愛してくれてるんだと全身から伝わってくる。
仕事ではあんなにクールで冷徹な雰囲気の壱成が、俺の前でだけ見せる甘い顔。
兄ちゃんのように慕ってた榊さんが、いまは人生のパートナーで一生そばにいられるなんて、まだ夢を見てるみたいだ。
「愛してるよ、壱成」
どうしてもいま伝えたくなった。そう思ったときには、もう口から出ていた。
壱成の頬がさらに赤く染まった。
「お前は……俺の心臓を壊す気か……?」
そういえば、ノブが大好きだと伝えたときに照れる壱成を見たことがない気がする。……いや、途中からは照れていたかも。
壱成が照れるようになったのはいつからだ?
食事のあと、食器の片付けもさせてもらえずソファでグダグダしていた。
ぼーっと食器を洗う壱成を眺めていたら、ふと思い出したように「そういえば……」と壱成が口にした。
「もうすぐバーの記念パーティーだな」
「……あ、忘れてたっ」
「その腕じゃ……行けないよな」
「あー……だな」
もう行く理由も無くなったバーだが、それでもマスターには本当にお世話になったからパーティーくらいは顔を出したかった。
「俺だけでも行ってくるよ」
「は? いい。行くな。俺と一緒じゃねぇのにだめだ絶対っ」
いまの壱成がバーに行ったらきっと狙われる。仕事モードでさえ無自覚に笑顔が増えてきた。優しい雰囲気で笑顔なんて見せたら……絶対だめだ。
「うん、やっぱ絶対だめ」
真面目な顔で首を振ると、壱成はクッと笑った。
「また無駄な心配してるな」
「全然無駄じゃねぇからなっ?」
「あーはいはい」
全然わかってない壱成に不安しかない。
俺は壱成に近づいて、肩にトンと頭を預ける。
「壱成……最近仕事モードでも笑顔増えてるって気づいてる?」
「増えたか? お前がいるときだけだろ?」
「俺がいてもっ! だめ! いままでどおりクールでいてよ……不安すぎる」
「それは難しいな」
「なんでっ」
「これでも努力はしてる。でも、お前を見るとつい顔がゆるむんだ」
もー……またそうやって俺をドキドキさせる……っ。
「わかったよ。いままで以上に気を引き締めるから。その代わり帰ってきたら……甘えてもいいか?」
「いいに決まってんじゃんっ! 好きなだけ甘えてっ!」
「……好きなだけ甘えたら……引かれそうだな。ほどほどにするよ」
「ほどほどじゃなくて好きなだけっ!」
後ろから腕をまわして抱きしめると、壱成の唇が俺の頬に口付けた。
「……引くなよ?」
「引くわけねぇしっ!」
幸せそうに笑う壱成の唇を奪うように俺はふさいだ。
キスがやめられない俺に「ほら、早くマスターに電話しろ」と、壱成は抱きしめる俺の手をたたく。
俺はしぶしぶソファに戻り、スマホを手に取ってマスターに電話を入れた。
出張が入ってパーティーに行けなくなったと伝えると、残念そうな声ではあったが了承してくれた。
『シークレットサンタはどうだ? 上手くいったか?』
「あ、えっと……うん。あれさ、ほんと感謝してるよ」
『お? いい返事もらえたんだな?』
「うん。マスターのおかげ。本当にありがとう」
『そっかそっかっ! ま、パーティーのメインはそこだから、参加できなくても気にすんな。よかったな!』
ノブが来られないなら榊さんも来ないよな? と聞かれて「心配で行かせられない」と答えると、マスターはおかしそうに笑った。
最後は「お幸せにな」と締めて電話を切られた。
まるで二度と会えないみたいな……俺たちがもう二度とバーに行かないとわかっているかのようなセリフに、胸が少し痛んだ。
最初のコメントを投稿しよう!