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壱成サンタ
「広瀬京さん」
壱成が突然、俺をフルネームで呼んだ。
「……へっ?」
退院後、十日間も休みなく仕事に追われ、今日は久しぶりの休日。
ぱーっとドライブでも行きたいのに運転はできない。助手席でもいいから行きたいと言ったら、今日は予定があると壱成が言い出した。
じゃあ俺だけ留守番だな……と沈んだ矢先、ソファに座る俺の横に壱成が腰かけ、冒頭の言葉。
「なに急に、どした?」
壱成は目を細めて表情をゆるめ、俺の手を取り優しくにぎると優しい瞳で見つめた。
「広瀬京さん。シークレットサンタからの贈り物です」
「あっ」
そうか、壱成サンタの相手は俺だった。すっかり忘れてた。
「うわっ、なんだろっ。なにくれんの?」
ニコニコ顔で待っていると、壱成はスマホを操作して画面を俺に向けた。
そこには、ペアの指輪が大きく表示されたサイトのページ。
「結婚指輪を買おう」
「……い、壱成」
「俺だけ婚約指輪をしてても、お前はいつまでも結婚した実感がわかないだろ? この指輪は宝物だが、結婚指輪も宝物になる。だから買おう」
「……でも……俺、買っても付けらんねぇし……」
「秋人達は休日だけ付けてるらしいぞ? ……そんなんじゃだめか?」
「だ……だめじゃねぇ、けど。ペアなのに、付けんのは壱成ばっかになっちゃうだろ……」
「俺は、休日だけでもペアで付けられたら嬉しいよ。俺たちは秋人みたいに結婚式はしないから、なにか他に結婚の証がほしいんだ」
結婚式については二人で話し合ってしないと決めた。秋人の前例のおかげで、結婚式が選択域に上がることが逆にびっくりだ。
壱成がしたいなら考えたが、壱成はまだ親にカミングアウトをする勇気が出ないらしい。
俺は兄貴にバレて、実は家族みんな気づいてたと聞かされ仰天した。電話でしか話してないが、壱成のことは両親も手放しで喜んでいて何も問題ない。
いつか壱成と一緒に北海道に旅行がてら、親にもちゃんと紹介したい。
「じゃあ……結婚指輪、買っちゃうか」
「本当か?」
壱成が顔いっぱいに喜びをあふれさせて破顔する。
「嬉しいよ、京」
壱成が首に腕をまわしてぎゅっと抱きつく。
「お前がくれた指輪ほど立派なものは買えないけどな。そこは許してくれ」
「え、結婚指輪なんだから俺も出すよ。てか俺が買うって」
「ばか。シークレットサンタの贈り物だって言ってるだろ」
「あ、そっか。いやでもさ」
首元に顔をうずめて壱成が懇願する。
「どうしても俺が買いたいんだ。婚約指輪をもらったとき、すごく幸せだった。だから今度は俺がお前を幸せにしたいんだ」
「い、壱成……」
もうその言葉だけで充分幸せなんだけど……っ。
目頭が熱くなって、俺は壱成を力いっぱい抱きしめた。
「……これ以上幸せになったら怖いって……」
「いいから。絶対に俺が買うからな」
「……ん、わかった。ありがと……壱成」
壱成は身体を離し、唇にふれるだけのキスをして笑顔で微笑んだ。
「じゃあ、さっそく選ぶぞ」
「……あれ? 壱成の今日の予定って……」
「結婚指輪選びだ」
幸せそうに破顔する壱成に俺はめまいがしそうなほどクラクラした。
スマホの画面を開いて「このサイトがよさそうなんだ」と説明してくれる。
でも俺はどうせ買うなら……。
「なぁ、ネットじゃなくて店で買わね?」
「え?」
「あ、もちろんノブでさ。腕が治ったら店に買いに行こうよ」
俺は壱成と一緒に、実際に指輪を見て指にはめてみたりして、ちゃんと結婚指輪を選びたい。
今までは手つなぎもだめだったのに無理かな。でも、いいよって言ってほしい。頼むよ、壱成。
すると、壱成の顔がだんだん真顔になって、一気に冷気が漂った。
「……なにを言ってるんだ? お前、ばかなのか?」
「え……っ」
仕事のときの壱成は冷徹に見えるけど厳しいだけで本当は優しい。見た目の雰囲気でいつも勘違いをされやすい。
でも、よく考えたら本気で怒られたことがなかったんだと今ならわかる。
本気で怒った壱成は……やばい。
足だけで踊ると言った俺を怒ったときのあれは、怒っていたんじゃないんだ。ただ心配してくれていただけなんだ。
いまの壱成は表情が完全に消され、見つめられたら凍ってしまいそうなほど冷たい瞳。部屋の温度が確実に下がったと感じる。
「結婚指輪を買うんだぞ? わかってるのか?」
壱成は静かに怒っていた。怒りを抑え淡々と言葉にする。
「ただのデートじゃないんだ。お前だってバレた瞬間にすべてが終わりなんだぞ?」
「ご、めん……」
素直に謝ると、冷たい瞳に温度が戻る。
「……俺はお前のそばに一生いたいんだ。頼むから……もっと慎重になってくれ」
「……うん。ごめん」
壱成の顔に表情が戻った。俺は、やっと普通に呼吸ができて、無意識に息を詰めていたんだと気がついた。
壱成を怒らせたら怖ぇな。もう怒らせないようにしよ……。
俺は心に固く誓った。
「……どうして店で買いたかったんだ?」
それでもちゃんと理由を聞いてくれる壱成は、やっぱり優しいな、とあらためて思う。
俺は壱成の手を取って指輪を撫でた。
「これ買いに行ったときさ。俺ああいう店初めて行ったんだけど、すげぇんだよ。ほんといっぱい種類があってさ。実際に指にはめて確認もできるし、ちょっと感動しちゃったんだよね」
壱成は口を挟まず静かに聞いてくれていた。
「婚約指輪がほしいって伝えたあと、送る相手は男だけどっつったらさ。嫌な顔ひとつしねぇで笑顔でいろいろ見せてくれてさ。それも感動したんだよね。だから……結婚指輪買うなら、あの店がいいなって。壱成と一緒に行きたいなって……思ったんだ」
「……そう、だったのか。すまん。先に理由を聞けばよかったな」
「でも、だめな理由はもっともだしよく分かったよ。うん。結婚指輪はネットで買お」
「……ああ。そうしてほしい。ノブがお前だとバレたら……そんなこと考えるだけで怖いよ」
「でもさ……壱成」
「なんだ?」
「デートは……いいんだよな? ノブになれば、壱成とデートできるんだよな?」
事故の前までは普通にデートしてた。ドライブが多かったけど、外食だって普通にした。だからこれからもできるよな?
「秋人が言ってたよ」
「え? 秋人?」
なんで急に秋人の話?
「男同士はお得なんだとさ。デートしてても友達としか見られないから、男女の恋愛より楽なんだと」
ふわっと笑って俺の頬にキスをした。
「たまになら、ノブじゃなくて京とデートしてもいいかもな?」
「えっマジでっ? それ最高っ!」
「たまにだぞ?」
「うんうんっ。たまにでも最高っ!」
たとえ手が繋げなくても、京のままで壱成とデートができるんだ。もう今から胸が高鳴った。
「京、結婚指輪選ぶぞ」
「うんっ! 選ぼうっ!」
俺の勢いに壱成が笑った。
「メッセージ入れるよな?」
「だめだ」
「えーいいじゃん、誰に見せるわけでもねぇしっ」
「いつ何があるかわからないからだめだ」
「えーーーっ!」
「……おそろいじゃなければ、いいかもな?」
「マジでっ? じゃあ俺が壱成の考えて、壱成は俺のっ!」
二人で結婚指輪を選ぶ時間は、本当に至福のひとときだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あと七話で完結予定です。
どうか最後までお付き合いいただけると嬉しいです(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)
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