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最終話 幸せな休日 後編
「なぁ壱成、そういえばさ」
「なんだ?」
「ノブが俺だって気づいたのはなんで? バレた原因はなんだったんだ?」
「ああ。それか」
壱成が俺の顔に手を伸ばし、右目のすぐ下をそっと撫でた。
「このホクロだ」
「え、ホクロ?」
そんなところにホクロなんかあったっけ?
「薄いホクロがあるんだ。キスをすると目に入るんだ」
「そっか……ホクロは……気づかなかった。そうだよな、めっちゃバレるよな、ホクロ……。あーよかったっ! マジよかったっ!」
俺は怖くなって壱成をまた抱きしめた。
「よかったって、なにがだ?」
「だって、すぐにホクロでバレてたら絶対俺ら終わってたじゃん……想像するだけで怖ぇっ。すぐバレなくてマジよかった!」
「……そうだな。俺もすぐに気づかなくてよかったと思うよ」
壱成は、俺の首元に顔をうずめて背中を撫でてからポンとたたいた。
「ほら、ドライブ行くんだろ?」
「ん、行く。腕時計が見つかんなくて」
「ああ、それを探してたのか」
壱成がすぐに見つけてくれて、いくつかある中から選んで腕にはめてくれた。
「さんきゅ」
「指輪外し忘れるなよ?」
「…………忘れたい」
「こら」
出かけるときは指輪を外す。本当はつけたままデートをしたい。でも、万が一のときに言い訳ができなくなるから絶対につけられない。
俺はため息をつきながら玄関まで行くと、棚の上にオブジェのように置いてあるリングケースを開く。指輪をゆっくりと外し、ケースにしまう前に裏に刻まれたメッセージを読んだ。
――――Darte todo a ti. (ダルテ トド ア ティ)
壱成が俺にくれたメッセージ。
スペイン語で『あなたにすべてを捧げます』という意味だ。
これを見るだけで俺は全身がとろけそうになる。
「また見てるのか?」
「うん。またとろけてた」
「……ばか」
照れくさそうにつぶやきながら、壱成も指輪を外してメッセージを見る。
――――Eres mi todo. (エレス ミ トド)
俺が壱成に送ったメッセージ。
同じくスペイン語で『あなたは私のすべてです』という意味だ。
スペイン語は特別示し合わせた訳ではない。俺は、壱成がスペイン語を話せるからそうしただけだ。それに、これならもし誰かに見られても、すぐには意味がわからないだろうとそれだけの理由だ。
それでも、偶然同じスペイン語になったことが、もうそれだけで幸せで嬉しかった。
「……これは……とろけるよな」
壱成がメッセージを眺めて幸せそうに目を細めた。
そして、また愛おしそうにゆっくりと指にはめる。婚約指輪と重ね付けされた結婚指輪。
「それ、誰かに指摘されなかった?」
「それ?」
「結婚指輪。指輪が二つに増えてから、誰かになんか言われた?」
「ああ。それが不思議となにも言われないんだ。みんなそこまで見てないんだな」
「そっか。ならよかった」
いろいろ嘘を重ねるのもつらいもんな。壱成がつらい思いをしない方がいい。
そろそろ本当に指輪をしまおうしたとき、突然窓の外でピカッと雷が光った。
「え……っ」
そのあと、ゴロゴロッと大きな音が響き、慌てて外を見ると雨まで降りだした。
「はぁっ?! 昨日見た予報じゃ晴れだったじゃんっ!」
壱成がスマホを操作して天気予報を確認する。
「今日は一日雨みたいだな……」
「はぁっ?! もー……マジか……」
「明日の雨予報が今日にずれ込んだんだ。ちゃんと確認してから用意すればよかったな」
「もぉー……やっとドライブ行けると思ったのに……」
ショックで脱力して、俺はソファに座り込む。
手に持ったままだった指輪を薬指に戻した。どうせもう出かけねぇしな……。
「残念だったな。ドライブはまた次回だな」
「あーあ。せっかく久しぶりにノブになったのに。無駄になっちゃったじゃん……ちぇ……」
別にそんなに手間じゃないが、無駄になるのはおもしろくない。
「そうだな。せっかくノブになったのにもったいないよな?」
「うん……。ん……?」
壱成を見ると、どこかなにかを企んだような顔をしている。
……なんだ?
「壱成?」
「もったいないから、有効活用しないとな?」
「うん? ……あ、どっか行く? そっか、ドライブじゃなくてもデートできるもんな。ショッピングモールとか行くか?」
壱成はなにも答えずに俺のそばまでやってきて、ひざの上にまたいで座った。
「ん?」
ノブの髪の毛をサラサラと梳くように撫で、目をじっと見つめてくる。
「ノブ」
「壱成?」
「ノブ、愛し合おう」
「……えっ?」
「久しぶりに、頭がおかしくならずにゆっくり愛し合いたい。ちょうどいいからこのまま愛し合おう」
頭がおかしくならずにって表現がツボる。
「壱成、せめて名前は京って呼んでほしいんだけど」
「嫌だ。京と呼ぶだけで媚薬効果があるからだめだ」
「ぶはっ。なんだそれ」
真面目な顔で相当おもしろいこと言ってるってわかってるのかな。
最近は、いつも頬を染めて照れた可愛い壱成ばかり見ているから、どこか冷静な顔の壱成が妙に懐かしい。
「わかった。いいよ。じゃあベッド行こっか」
「よし、行こう」
なんか全然愛し合うって雰囲気じゃない壱成がおもしろすぎる。
俺たちは手を繋いで寝室に向った。
「愛してる、は禁止だぞ」
「は? え、なんで?」
「ノブは愛してるって言ったことないだろ。だから禁止だ」
「はぁっ? やだよっ。愛し合うのに愛してるって言えねぇのやだっ!」
「…………そうか。『愛し合う』というのが間違いだった」
「え、間違い?」
「ノブ、抱き合うぞ」
それも真面目な顔で言ってんのかな。気になって俺の先を歩く壱成の顔をのぞき込んだ。
目が合うとニヤッと笑う壱成に、思わずタジタジになる。
……あれ。最近、頭がおかしくなるって訴える壱成をいじめすぎた気がする。
これ、やり返されるやつじゃね?
「楽しみだな、ノブ」
……なんかもう、すでに主導権をにぎられてる気がするのは気のせいか。
「これからは京とノブと二通り楽しめるな?」
「は、え? 今日だけじゃねぇの? ……いやいや……え、本気?」
そんなノブの活用法は必要ないよ?
ベッドに押し倒され、壱成に組み敷かれるように唇をふさがれた。
いつもよりも余裕な表情でどこか楽しそうな壱成に、これも悪くないか、と俺も楽しくなってきた。
愛し合うのが二通りあるなんて、よく考えたら美味しいよな。
「お手柔らかにお願いしますね?」
きっと仕返し込みだろうと思いそう伝えると、壱成は吹き出した。
「可愛いいな、ノブ」
この状況に、心底楽しそうに浮かれてる壱成のほうが可愛いけどな。
「愛してるよ、ノブ」
「ん? 愛してるは禁止だって……」
「禁止はお前だけだ」
「は? そんなんずりぃじゃんっ!」
「お前は頭がおかしくならないだろ。俺はなるからだめだ」
なんだそれ。めちゃくちゃだな。
「ノブなら大丈夫かもしんねぇじゃん。試しに言ってみていい?」
「……言ってみろ」
「愛してるよ、壱成」
「…………っ。やっぱり禁止だ」
「えーーーっ!」
ちょっとだけ桜色に頬を染める壱成が可愛い。
愛してるよ、壱成。
終わったら死ぬほど愛してるって伝えるからな。
覚悟しとけよ。
久しぶりのノブに壱成はどう変わるんだろう。
なんだかんだと、ちょっと楽しみになってきた。
「好きだよ、壱成」
「…………好き、も禁止だ」
「もう黙って、壱成」
「……んぅ……っ……」
end.
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